history日誌

歴史と歌が大好きな私が日本史から世界史まで広く浅く書きます。 歴史の知識は素人レベルで、私が語る歴史の内容が真実かどうかは自信はありませんがw、楽しんでブログを書いていきます。教科書に載ってないようなマイナーな歴史の話もします。

きょうから数回にわけてフランス革命のお話をします。フランス革命というと、マリー・アントワネットの悲劇やギロチンを僕は連想してしまいますが、この革命はフランスの歴史においても、世界の歴史においても大きな影響をおよぼしました。いまの日本国憲法の条項のひとつに「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)があります。国民の生存権の保障を明記したこの条項はフランス革命の理念を受け継いでおります。

フランス革命以前は、王様や貴族が偉くて、一般国民は虫けら当然みたいな存在で、国民が貧乏だろうが、のたれ死のうが「そんなの関係ねえ」の世界だったのです。それが人々の生存権こそがあらゆる権利の中で優先すべきだと主張したのは、フランス革命のキーマンの一人、ロベスピエールでした。また、のちに「王様殺し」といわれてしまうサン・ジュストという人物は、1794年の国民公会における演説で次のように述べております。

「国家の中に、一人でも不幸な人や貧しい人がいるのを放置しておいてはならない。そういう人がいなくなった時に、はじめて、諸君は、革命をなしとげ、ほんとうの共和国を建設したことになるだろう。」

素晴らしい言葉だと思います。この世から不幸な人や貧しい人をなくしたいという理想は、宮澤賢治にも通じる境地です。しかし、ロベスピエールもサン・ジュストもそのプロセスがまずかったのです。この理想を急ピッチで実現させようとしたために、多くの人が犠牲になったのです。


Robespierre

(ロベスピエールの肖像画。理想主義者でもありましたが、独裁者でもありました)

200px-Saint_Just

(サン=ジュストの肖像画。イケメンですね。僕に似てるwその美貌と冷厳な革命活動ゆえに「革命の大天使」または「死の天使長」との異名がありました。)

フランス革命によってフランスは絶対王政から民主的な共和制が定着しましたが、その一方でマリー・アントワネットをはじめ多くの人が処刑をされてしまったり、のちにロベスピエールらがヒトラーばりの恐怖政治を敷いて、国民を不幸にしてしまったのです。いわばフランス革命は、自由や民主的な政治という理想を掲げ、のちの人たちにもよい影響を及ぼしたという一面がある一方で、多大な犠牲と、恐怖政治という負の一面もあるのです。

フランス革命はまさに歴史における劇薬のようなものです。劇薬といえば、睾丸抗がん剤のようなもの。抗がん剤は、がんを治療する薬ですが、その副作用は強く、正常な細胞も攻撃し、吐き気や貧血、脱毛、下手すりゃ患者を死に至らせることもあるのです。

さて、フランスの国家「ラ・マルセイエーズ」という曲があります。オリンピックでフランスの選手が金メダルを取ったときに、流れるので、ご存知な方もいらっしゃると思います。この曲は、いい曲だと思うのですが、歌詞をみると大変血なまぐさいのです。自由のための戦いは良い戦いであり、革命に敵対するものを殺し尽くせというニュアンスが込められているのです。

日本では「君が代」が戦争を連想する歌だといわれておりますが、「君が代」なんてフランスの国歌に比べればかわいいものです。最近のフランスでは、こんな血なまぐさい歌は、いまのヨーロッパ連合(EU)の時代には国歌としてふさわしくないという意見が有力になるほど。



※参考文献





※ この記事はウィキペディアを参考にしてかきました。


<SP盤復刻>決定盤 初代 桂春団治 落語傑作集
桂春団治(初代)
コロムビアミュージックエンタテインメント
2009-08-05





きょうは大阪が舞台の歌です。浪花こおこの歌は都はるみと岡千秋さんのデュエットソングです。この曲の主人公は、桂春団治(初代)という漫才師と、その奥さんのお浜です。桂春団治は実在した人物です。昭和初期に有名な漫才師で、従来の古典落語にナンセンスなギャグを取り入れた大胆な改作をはかり、天才的かつ巧みな話術で、爆笑王として人気を集めました。

当時の先端技術でもあったレコードに落語を吹き込んだことでも有名です。ただ、私生活が派手な人で、後家殺しとかいろいろ言われていたそうです。この歌にもあるように酒も飲んだし、女も泣かせました。借金もたくさんしたそうです。そんな彼の生きざまは伝説化し、脚色が加えられ、小説、演劇、歌謡曲などの題材となりました。




この曲には、お浜という女性しかでてきませんが、実在の春団治には二人奥さんがいました。一人目は東松トミ。二人目は岩井志うという女性でした。

トミは春団治が貧乏の極みにあったときも黙々と夫を支え、金銭感覚のない夫の代わりに内職で生計を立てていたそうです。後妻の志うは世間知らずな上に、完全に春団治にほれ切っていたため、そのばく大な資産を全て春団治に使い果たされても、文句も言わず、喜んで金銭を出してやっていた。一方の春団治も、周囲の者に志うのことを「御寮人さん」と呼ばせ、常に顔を立てていたそうです。

ともかくも、この春団治と志うの二人の間に夫婦の愛情があったことは疑い得ません。後年、志うは酒で身体を壊し晩年の春団治の看護ができなくなり、先妻トミと、トミと春団治の間にできた一人娘が看病していたそうです。志うは夫の死後、奈良県桜井市の親戚に引き取られ、翌年、その家の玄関脇の小部屋で寂しく世を去ったといいます。

最後に春団治の残した名言(迷言?)をご紹介します。


  • 名を上げるためには、法律に触れない限り、何でもやれ。芸者と駆け落ちなど、名を売るためには何べんやっても良い

  • 借金はせなあかん


  • 芸人は衣装を大切にせよ


  • 自分の金で酒呑むようでは芸人の恥


  • 使用人は時間に寝かさなあかん。弟子に時間は無し


  • 女は泣かしなや


春団治は噺家としてはすごかったけれど、家庭人としては?だったのだなあって,、というか人としてどうかなって彼のセリフをみても感じます。まあ、衣装を大切にせよだけは納得できますが。




1 安室奈美恵さん引退
 安室奈美恵さん、引退されましたな。寂しい限りです。まさに歌姫の称号にふさわしい25年間だったと思います。日本の歌姫といえば、古くは美空ひばりさん、ちあきなおみさん、山口百恵さん、テレサ・テンさん、松田聖子さん、中森明菜さん、平成に入ってからは、浜崎あゆみさんや宇多田ヒカルさん、西野カナさんという具合に世代によって違うと思うのです。

が、僕の世代はやはり安室奈美恵さんでしょう。もちろん、あゆもヒッキーも捨てがたいですが、安室さんの歌を聴くと青春時代を思い出しますもの、僕の世代は。「Don't wanna cry」とか「CAN YOU CELEBRATE」とか。また、彼女は歌だけでなくファッションセンスも抜群で、彼女の影響を受けた少女たちは「アムラー」とよばれました。

また、ガングロなんてはやりましたね。あれも安室さんの影響でしょう。最初のころは浅い日焼けだったのが、だんだんオーバーになって、次第にヤマンバみたいになってきましたよね。僕はガングロの高校生を見るたびに、「おいおい、安室さんはそんなに肌黒くないぞ、安室さんに失礼じゃないか」って内心思いましたもの。その女子高校生たちも今や母となり高校生の子供がいても不思議じゃない年齢になったかと。

でも、僕はファンの方には大変申し訳ないのですが、安室さんはあんまり好きな歌手ではありませんでした。僕はglobeのKEIKOさんやEvery Little Thingの持田香織さんのほうが好きでしたし、よく聴いていました。とういか今も時々聴きます。でも、安室さんもいい曲いっぱいあります。最近の「HELLO」(リオオリンピックのテーマソング)もいい歌です。でも、僕が安室さんの歌で一番好きなのは「NEVER END」です。壮大なスケールの曲で、沖縄という感じがする歌です。それもそのはず、この歌は2000年に行われた沖縄サミットのテーマソングです。

2 小渕恵三元首相の願い
 沖縄サミットが開催されたのが2000年。早いものですね。あれから18年もたつのか。沖縄サミットも昨日の出来事かと思っていたけれど、歴史の教科書にのるような話になったのですね。実は、開催地が沖縄にすんなり決まったわけではなかったのです。2000年のサミット会場は札幌、千葉、横浜、福岡などが名乗りをあげ、沖縄は一番不利だったのです。それが逆転したのは、沖縄サミットを決めた小渕恵三元総理の英断だったのです。それは1999年4月のことでした。ある新聞は「久々に政治をみた」と評価しました。小渕元総理も沖縄サミットが決まった際「沖縄の長い歴史の痛み」と言及されたとか。

沖縄サミットの際、テーマソングを小室哲哉さんにつくってほしいとお願いしたのが、小渕元総理でした。また、小渕元総理は「ぜひ安室奈美恵さんに歌ってもらいたい」という注文も同時に入れたといいます。安室さんは沖縄のご出身。この上ない人選だと思われます。

その後、楽曲は完成したが小渕が急に亡くなられたことを受け、明るかった曲調をこの楽曲の曲調に変え、作り直したといいます。どうりで、この曲はどこか悲し気な感じがすると思いましたね。この曲は沖縄サミットを祝う曲でもありますが、小渕元総理への追悼の意味も込められているのかなと思いました。そして、この曲は沖縄サミット本番でも歌われました。

あと、沖縄サミットといえば2000円札も発行されました。守礼門の絵がプリントされているやつですね。2000円札を作ろうと考えたもの小渕元総理です。でも、最近2000円札ってみませんね。僕も前に持っていましたが。ちなみに2000円札は今も使えるそうです。でも、今の若い子は2000円札わかるかなあ?たとえば客がコンビニに行って2000円札を若い店員さんに渡したら、若い店員さんが目を白黒させて、偽札じゃないのという目で客をみるなんて光景もこの先あるかもしれない???

3 沖縄サミット
 小渕総理が亡くなったので、沖縄サミットには後継の森喜朗元総理が出席されました。アメリカからはクリントン元大統領が、イギリスからはブレア元首相が出席しました。ロシアからはプーチン大統領が出席しました。各国の首脳たちが変わっていく中で、いまだに権力を握り続けているプーチンは恐ろしいなと改めて思います。

サミットに出席した首脳たちは以下の通り。


日本         森喜朗(議長・日本国内閣総理大臣)
フランス       ジャック・シラク(フランス共和国大統領)
アメリカ合衆国    ビル・クリントン(アメリカ合衆国大統領)
イギリス       トニー・ブレア(イギリス首相)
ドイツ        ゲアハルト・シュレーダー(ドイツ連邦首相)
イタリア       ジュリアーノ・アマート(イタリア首相)
カナダ        ジャン・クレティエン(カナダ首相)
ロシア        ウラジーミル・プーチン(ロシア連邦大統領)
欧州連合      ロマーノ・プローディ(欧州委員会委員長)


沖縄は基地の問題とか色々抱えておりましたが、サミットの主な議題は「IT革命」でした。今では当たり前の「IT」ですが、2000年当時はまだ「IT」もまだまだ普及したばかりだったのですね。時代を感じます。ちなみに森元首相は「IT」を「いっと」と読み間違え失笑を買ったともいいます。今思うとそんなこともあったなあって。


それから、各国首脳に贈答用として琉球リカちゃんの別注モデルサミットリカちゃんがそれぞれに贈られたといいます。たいていは伝統玩具が贈られるようですね。日本であれば駒だとか、羽子板だとか、凧だとかそんなところでしょうか。しかし、そうではなく、リカちゃん人形のような商用玩具が贈られるのは異例の事だったといいます。




※ この記事はウィキペディアを参考にして書きました。

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