history日誌

歴史と歌が大好きな私が日本史から世界史まで広く浅く書きます。 歴史の知識は素人レベルで、私が語る歴史の内容が真実かどうかは自信はありませんがw、楽しんでブログを書いていきます。教科書に載ってないようなマイナーな歴史の話もします。

昨日は成人式でしたね。ハンカチ王子も成人になりました。僕も昨日は成人式でした。2度目のね(笑)

僕からの新成人へ送る言葉は、

「これからは堂々とお酒が飲めますね」(笑)

今日は、北宋の時代に活躍した政治家の王安石(おうあんせき)のライバル、司馬光(しばこう)の少年時代の逸話を。

司馬光はとても頭の切れる人でしたが、すでに子どものころから才能があったようです。

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※ この記事はウィキペディアとラジオ中国語講座のテキストを参考にして書きました。



1 劉慶邦(リュウ・チンバン)さんのインタビューより

 以前に、ラジオ中国語講座の応用編で『信』(手紙)という小説を題材にして学習をしておりました。この小説の作者は劉慶邦(リュウ・チンバン)さん。

彼は1951年に河南省沈丘(かなんしょうしんきゅう)の農村に生まれ、農民として炭鉱労働者として働いた後、記者・編集者などをやって、そして小説家になったです。

そして、中国語講座のテキストのコラムに劉慶邦さんのインタビューについてふれられていました。

2 木の皮や草まで食べた
 その劉慶邦さんがあるインタビューで木の皮や雑草まで食べてえをしのいだと語りました。賞味期限しょうみきげん切れのコンビニ弁当が山のように捨てられるような今の日本では想像もつきません。それくらいきびしく悲さんな生活を劉慶邦さんはされたのでしょう。

劉慶邦さんがまだ子どものころの中国、だいたい1959年から1961年にかけて、大躍進政策(だいやくしんせいさく)が行われました。

3 失敗しっぱいだった大躍進政策
 大躍進政策とは、アメリカやイギリスに追いつけ、追いこせとばかりに農業や工業の生産力を大幅おおはばにアップさせましょうというものです。

しかし、当時の指導者だった毛沢東(もう・たくとう)が中心になって行われたその政策(計画経済)はムチャクチャなものでした。経済はかえって混乱し、天災もかさなって多数の餓死者がししゃを出したそうです。金正日と同じようなことを毛沢東らはやってきたのでしょう。

餓死した数はおよそ2000万人〜5千万人といわれていますが、はっきりした数字はわかりません。でも、少なくともヒトラーが行ったホロコーストの犠牲者ぎせいしゃ数をはるかに上回るといわれております。

この大躍進政策の失敗の責任を取って毛沢東は失脚しっきゃくしてしまいます。しかし、毛沢東は権力の座をねらっていました。やがて文化大革命(ぶんかだいかくめい)とよばれる混乱の最中に毛沢東は再び表舞台おもてぶだいに現れるのです。


4 評価が分かれる毛沢東

 大躍進政策そして文化大革命などの失態しったいのため、中国では毛沢東は評価は人によって分かれます。英雄だとあがめている人もいる一方で、父のように厳しい人、あるいはおにのような人だとおそれられています。

映画監督の陳凱歌(チェン・カイコー)さんのように、毛沢東をきらっている人も少なくありません。

一方、周恩来(しゅう・おんらい)は母のようにやさしい人だと中国人から尊敬されているそうですね。

学校の歴史の授業などではヒトラーのホロコーストはふれられていましたが、大躍進運動については全くというほどふれられません。そのせいもあってか、僕が大躍進運動のことを知ったのはわりと最近のことです。









今日はケネディ大統領も尊敬していたという上杉鷹山(うえすぎようざん)のお話を。それでは皆さま、ようざんすねw?


1 上杉鷹山(うえすぎようざん)の生い立ちと米沢藩よねざわはんのたいへんさ


 上杉鷹山の本名を上杉治憲(うえすぎ はるのり)といい、もともとは九州の出身であったが、上杉家の養子になりました。

鷹山は、若くして藩主はんしゅになります。彼が藩主になる前の米沢藩は上杉謙信(うえすぎけんしん)いらいの名家でした。

けれど、越後えちご(今の新潟県にいがたけん)から米沢(山形県やまがたけん)に領地を変えられ、領地をへらされた上に、人件費も重なるなど借金はドンドン増えました。


2 鷹山の人材活用


 上杉鷹山は藩改革に当たって優秀ゆうしゅうな人材を活用しました。鷹山は、それまで目立たなかった人でも、優秀ならば重用ちょうようしました。

その一方で、鷹山に反発する重臣達もいました。鷹山は何度も彼らからイヤがらせを受けました。けれど、鷹山もそれにめげません。

鷹山は言うことを聞かなかった重臣達を切腹にしたり、処罰しょばつしたり、また鷹山派の竹俣当綱(たけまた まさつな)でさえ、堕落だらくしたという理由で処罰したそうです・・・。



3 鷹山の改革 
鷹山は、具体的にどんな改革をしたのでしょうか。

家臣団に命じて農業をやらせてみたり、特産品を育てたり、いろいろと改革をやったそうです。



小説 上杉鷹山 全一冊 (集英社文庫)





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