今日はケネディ大統領も尊敬していたという上杉鷹山(うえすぎようざん)のお話を。それでは皆さま、ようざんすねw?


1 上杉鷹山(うえすぎようざん)の生い立ちと米沢藩よねざわはんのたいへんさ


 上杉鷹山の本名を上杉治憲(うえすぎ はるのり)といい、もともとは九州の出身であったが、上杉家の養子になりました。

鷹山は、若くして藩主はんしゅになります。彼が藩主になる前の米沢藩は上杉謙信(うえすぎけんしん)いらいの名家でした。

けれど、越後えちご(今の新潟県にいがたけん)から米沢(山形県やまがたけん)に領地を変えられ、領地をへらされた上に、人件費も重なるなど借金はドンドン増えました。


2 鷹山の人材活用


 上杉鷹山は藩改革に当たって優秀ゆうしゅうな人材を活用しました。鷹山は、それまで目立たなかった人でも、優秀ならば重用ちょうようしました。

その一方で、鷹山に反発する重臣達もいました。鷹山は何度も彼らからイヤがらせを受けました。けれど、鷹山もそれにめげません。

鷹山は言うことを聞かなかった重臣達を切腹にしたり、処罰しょばつしたり、また鷹山派の竹俣当綱(たけまた まさつな)でさえ、堕落だらくしたという理由で処罰したそうです・・・。



3 鷹山の改革 
鷹山は、具体的にどんな改革をしたのでしょうか。

家臣団に命じて農業をやらせてみたり、特産品を育てたり、いろいろと改革をやったそうです。



小説 上杉鷹山 全一冊 (集英社文庫)