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ラストエンペラー 末代皇帝 溥儀 5 【DVD】
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こころの湯 [DVD]
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「大地の子」を前に見たことがあります。中国残留孤児ちゅうごくざんりゅうこじの主人公と主人公の実の父親が中国と日本の戦後の歴史に翻弄ほんろうされながらも生きていくという名作です。

この作品はなみだなしでは見れなかった作品ですが、中国人の養父ようふ役を演じた朱旭(チュウ・シュイ)さんの演技がとても印象に残っていました。日本人の子供を、戦争でいがみ合ったことを乗り越えて、まるで実の子供のように優しく献身的に育てる父親を見事に演じていました。

朱旭さんの足跡そくせきについて調べてみたのですが、彼が映画デビューをしたのは意外に遅かったようです。彼が映画デビューしたのは彼が50さいの時だそうです(1984年)。

それまでは舞台俳優ぶたいはいゆうだったそうです。シロウトくささを感じさせないのは、舞台ぶたいでのキャリアが生きていたからかもしれません?

舞台と映画では勝手がちがうから、朱旭さんも初めはとまどったそうです。劇場に入るお客さんの数は知れているし、回数も少ない。しかし映画に出るようになってから多くの人に知られるようになっておどろいたとか。

有名になれば、人によっては「オレはえらいんだぞ」っていきがる人も出てきます。が、彼は「少し人気が出たり顔が知られても、それを意識せず、おごりたかぶるな」ということを自分に言い聞かせてきたのです。彼の最近の写真を見たことがあるのですが、本当に人柄ひとがらがよいおじさまに見えます。

ちなみに、文化大革命ぶんかだいかくめいのときは朱旭さんの所属していた北京人民芸術劇院ぺきんじんみんげいじゅつげきいんもヒドイ目にあったそうです。朱旭さんだけでなく、同じ劇団員で彼のおくさんもやはりヒドイ目にあったとか。

「大地の子」で主人公の実の父親役を演じた仲代達也(なかだいたつや)さんと朱旭(チュウ・シュイ)さんは、戦争の話をふくめていろいろな話をしたそうです。

後に朱旭さんはこう語っています。

『大地の子』に出演できてよかったと思っています。仲代達也さんと出会えて、仲代さんの戦争時代の話をきいて、戦争で苦しんだ日本人も大勢いたということがわかったからです



※参考文献 


中国映画の明星 朱旭・姜文・張藝謀・張國榮


時は五大十国の時代。日本で言えば平安時代ごろです?当時の中国はいくつかの国に分かれていて争っていました。いわゆる戦国時代のお話です。

その時代に李克用(りこくよう)という大将がいましたが、病気になってしまいます。李克用は息子の李存勗(り そんきょく)を呼び寄せ、三本の矢を見せました。

李克用の三人のライバルをこの矢でたおせという遺言ゆいごんを残したのです。三人全員を倒せなくても、李克用の宿敵、朱全忠(しゅぜんちゅう)だけでも息子に倒してもらいたかったのかもしれません。

三本の矢と聞いておどろきました。

日本で「三本の矢」といえば三ツ矢サイダーじゃなかったw毛利元就(もうりもとなり)が有名ですが、中国にも似たような話があったとは。

実は、この話、歴史マンガで知りました。歴史マンガもバカにできませんね。

それからしばらくして、朱全忠(しゅぜんちゅう)は自分の息子に殺されてしまいます。

その混乱に乗じて、李存勗(りそんきょく)はしゅ一族が治める後梁こうりょうめこみました。後梁を滅ぼした李存勗は後唐こうとうという国を建国しましたが、李存勗(りそんきょく)は政治に関心をもたずゼイタクばかりして遊んでいました。

李存勗(りそんきょく)は人々のウラミを買い殺されました。それで後唐は滅亡めつぼう。宿敵の朱一族を倒した事で油断したのかもしれません。



※参考文献 『学習漫画 中国の歴史 5』(集英社)

中国の歴史〈5〉宋王朝と北方民族の興隆―五代十国・宋・遼・金時代 (集英社版・学習漫画)

先週の「なんでも 鑑定団かんていだん志野焼しのやきうの平鉢が取り上げられました。

僕もテレビで見たのですが、何とも味のある平鉢ひらばちだと思いました。

プライスは300万円でした。

作られた時期が比較的ひかくてき新しいこともあって、依頼人いらいにんの評価額の500万円には届きませんでした。

作られた年代がもっと古かったらもっと高い値段がついたでしょう。

ちなみに僕は大野鈍阿(おおのどんな)の名前は、こないだの放送で始めて知りました。

大野鈍阿とはどういう人物かというと、ウィキペディアの解説によると明治から昭和初期にかけて活やくした陶芸家とうげいかだそうです。

そして彼は益田鈍翁(ますだどんおう)という人物にまぬかれて、彼の元でやきものを作りました。

益田鈍翁とはどのような人物でしょう?

なんと、益田鈍翁は三井物産の初代社長である益田孝(ますだたかし)なのです。

何でも「鈍翁」という号は彼の持っている茶器の「鈍太郎どんたろう」にちなんで名づけたそうです。

彼は井上馨(いのうえかおる)に気に入られ、大蔵省に入省し、その後、三井物産みついぶっさん設立せつりつしました。また、中外商業新報ちゅうがいしょうぎょうしんぽう(のちの日経新聞)という新聞も作った大変やり手の人物です。

彼の顔写真を拝見はいけんしましたが、若いときはものすごい凛(りん)としているなと思いました。

年をとっても品の良く、しかも威厳いげんのある顔をしていると思いました。なにせ29さいで三井物産の社長になったのだからすごいですね!!

さて、明治のころの日本は欧米おうべいからすすんで文化を取り入れた時代でした。

。そうした中で日本の文化がどんどんおとろえていきます。

戦国時代のころは盛んだった茶道も例外ではありません。

それに危機感を感じたのが益田孝でした。益田孝は一流の茶人でもあり、知人を自分の茶室に招いては、茶会を開いていたそうです。

風流だねえ〜。ちなみにその茶室は小田原にあるそうです。小田原といえばたびたび僕も骨董市こっとういちでいきます。それがどうした?とつっこまれると困りますがw

そして益田孝は茶器コレクターでもありました。番組でも益田孝のコレクションが取り上げられたけれどセンスがいい。ゆずってもらいたいくらいw

大野鈍阿は益田のコレクションを基にして、新作の陶芸とうげいを次々とつくり、うでをみがいていったのです。

晩年の大野鈍阿は東京の等々力とどろきでやきものをつくっていたそうです。

益田鈍翁をめぐる9人の数寄者たち
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2003-11-27





1 チャン・イーモウの『きる』


 先週、中国映画の巨匠きょしょう、張 芸謀 (チャン・イーモウ)監督かんとくの映画『活きる』を観ました。ビデオ屋で半額セールをやっていたので、ビデオ屋で映画を借りてきたのです。

あらすじは見てのお楽しみですが、命の尊さと家族や仲間が助け合う事の大切さを見事にえがいた作品です。

映画に出演したコン・リーさんは本当に演技のうまい人だと思いました。夫を健気けなげに支えるつまを見事に演じています。

その夫というのが、大変な遊び人でバクチで家を破産させてしまいます。

が、夫は影絵かげえの才能があり、そのおかげで(収入はわずかながらも)なんとか妻と子供を養っています。貧しいながらも幸せな人生を送ってきた家族に次々と不幸がやってはきますが・・・

さて、この映画は40年代から60年代までの中国が描かれていて、中国の歴史を知らない人が見ても感動する映画です。

今日はこの映画と中国の歴史を、ちょっと長くなりますが、オーバーラップしてみます。


2 50年代の中国 大躍進運動だいやくしんうんどう


 1949年に共産党が国民党との戦争に勝ち、中華人民共和国ちゅうかじんみんきょうわこくを建国しました。貧しい労働者のための理想的な国としてスタートを切りました(はずであった)。

映画にも共同食堂(おそらく無料)で人々が、もくもくと食事をしているシーンが出てきます。貧乏びんぼうで食べるものに困っている人には、こういった施設しせつはありがたいかもしれません。その一方で地主などの金持ち階級がひどい弾圧だんあつを受けたそうです。

50年代の後半に中国政府は大躍進政策だいやくしんせいさくを行いました。

この映画では自転車やナベなどの鉄製品をあちこちから集めて、それらをかして製鉄をしているシーンが出てきます。まるで戦中の日本人のように、人々はる間も惜しんで鉄を作ったが、そんな苦労もむなしく出来たのは小さな鉄でした。

とても実用化できるような代物にはみえないのですが、市民達はとっても満足そうでした。そんな場面も映画に登場します。

3 60年代の中国 文化大革命ぶんかだいかくめい

 60年代に文化大革命が起きました。

このとき、小平(とうしょうへい)たちは共産主義国家の中国でも資本主義のよいところを取り入れようとしたが、毛沢東(もうたくとう)や4人組らは小平たちを走資派そうしは(資本主義者の手先)として糾弾きゅうだんしました。権威主義打倒けんいしゅぎだとうというのもこのころいわれていたことです。

子が親を学生が先生を糾弾されたり、影絵や京劇きょうげきといった中国の伝統芸能もこの時代に弾圧だんあつされました。

この映画にも、看護学校の女生徒たちが教授をリンチし、病院から追い出してしまい、看護学校の生徒が教授の代わりに医者をやっているというおかしな光景が出てきます。






オマケ 

この映画の主人公の特技である影絵の動画が見つかったのでご紹介します。



活きる
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ラジオ中国語講座のテキストはいろいろな中国がらみのコラムがっています。去年のテキストには「中国人物論」というコラムが載っていました。書いているのは小説家の酒見賢一さん。

去年のテキストの「中国人物論」では『三国志』でおなじみの劉備(りゅうび)が取り上げられていました。

劉備といえば『三国志演義』をみても、ゲームの『三国志』でも劉備=人徳あふれる名君というイメージが前提になっています。

一方ライバルの曹操(そうそう)は冷酷れいこくな悪役というイメージでえがかれています。

だが、酒見さんは思うに劉備が一番悪いと述べられています。

「この人さえいなかったら後漢末動乱期はもっと平和に推移すいいしていたにちがいないと、ふと考えるときがある」とまでおっしゃっています。

なぜならば、「劉備は極楽ごくらくトンボというか、ビジョンがなく、その場しのぎが多い。自分の野望を華々はなばなしく演じた曹操、辛抱しんぼう強く着々と組織固めをした孫権(そんけん)とちがって、あまりに無計画すぎる」からだと。

ちなみに、ここに出てくる極楽トンボとはお笑いコンビの名前じゃないので、あしからずw

また、裏切り者で知られている呂布(りょふ)が捕虜ほりょになったとき、曹操は助けようとしたのに対し、劉備は殺せといいました。

そのとき呂布は「この大耳児だいじじめが、お前が一番信用ならん男だ」怒鳴どなったそうです。大耳児というあだ名は劉備の耳が異常に大きかった事に由来するそうです。

他にもいろいろと劉備の無能さをつらつらとこのコラムに書かれておりました。

劉備は僕の好きな武将の一人だっただけに酒見さんの話は意外に思えたし、「へえ、そういう見方もあるんだ」って僕も感心しました。



※ 参考文献
NHK中国語講座のテキスト

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