history日誌

へっぽこ歴史好き男子が、歴史を中心にいろいろ語ります。2020年3月より、過去記事の加筆修正も含め、リニューアルしました。コミュ障かつメンタル強くないので、お手柔らかにお願いいたします。






智恵子抄 (新潮文庫)
高村 光太郎
新潮社
2003-11





彫刻家ちょうこくか高村光太郎たかむらこうたろうの奥さんの名前は高村(旧姓長沼きゅうせいながぬま智恵子ちえこといいます。

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(高村智恵子の肖像画しょうぞうが ウィキペディアより)

智恵子のことは、歌にもなりましたし、夫である光太郎が智恵子をうたった詩を残しております。



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智恵子の実家は福島県の二本松にほんまつにあります。裕福ゆうふくな酒屋のむすめとして智恵子は生まれたのです。智恵子の実家を実際に見たことがあるのですが、いかにもお金持ちって感じがしました。

しかし、智恵子の実家である長沼家は、昭和4年に没落ぼつらくしてしまいます。


実家の没落は智恵子にとってもショックが大きかったと思われます。




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※ おまけ
『智恵子抄』より「あどけない話」をどうぞ。この詩がつくられたのは、昭和3年です。この詩に出てくる「本当の空がみたい」とは故郷の空がみたいという単純な思いではないと思います。









人気ブログランキングで見つけたアンケート。アンケートの結果を見てみると、徳川吉宗(とくがわよしむね)や徳川慶喜(とくがわよしのぶ)の人気が高いようです。

僕が徳川15代将軍の中で一番好きなのは、6代将軍の徳川家宣(とくがわいえのぶ)。14代将軍の徳川家茂(とくがわいえもち)も捨てがたいけれど、やはり6代将軍がいい。

生類憐みの令しょうるいあわれみのれいをやめさせたし、いろいろと政治改革を行った人物です。また、とてもいい人らしくて『徳川実紀』(とくがわじっき)では「仁慈じひ(※1)の心あり」と書かれています。

家茂は勝海舟(かつかいしゅう)もほめたほどの人物で、もっと長生きをしていれば彼の評価はもっと高かったでしょう。和宮(かずのみや)との仲も良かったそうですし。


※1 仏・菩薩(ぼさつ)が人々をあわれみ、楽しみを与え、苦しみを取りのぞくこと。または、いつくしみ、あわれむこと。なさけ。



昭和11年に起きた2・26事件で、渡辺錠太郎(わたなべじょうたろう)や高橋是清(たかはしこれきよ)らが青年将校に殺されました。それも自分の自宅で殺されました・・・渡辺錠太郎には9さいむすめさん(渡辺和子さん)がいましたが、彼女が見ている目の前で父が無残むざんに殺されてしまいます・・・

事件の被害者である渡辺 錠太郎の屋敷やしき東京都杉並区とうきょうとすぎなみく荻窪おぎくぼ(正確には上荻かみおぎ)



渡辺の屋敷を歴史的文化財れきしてきぶんかざいとして残そうという動きもあったそうですが、屋敷は平成20年にこわされました。また、上荻に訪れても「ここは渡辺錠太郎の屋敷跡やしきあとですよ」と書かれた標識ひょうしきさえありません。

でも、僕はそれでよかったと思う。小金井公園こがねいこうえんにある高橋是清邸たかはしこれきよていのような見世物みせものになったら、渡辺錠太郎もかばれないでしょう。

渡辺邸のあった上荻のまちは、60年以上前にクーデターがあったとは思えないような平和な住宅街になっています。

渡辺和子女史の動画
 渡辺和子さんが出演されている動画をどうぞ。彼女は父が目の前で殺されるという悲しみを乗りえ、シスターになられた方です。








ブログネタ
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歴史検定を受けました。歴史能力検定を受けた動機は面白そうだから。試験を受けたものの特別勉強もしてこなかったのです・・・(問題集を買って、少しはやってみたけれど)

受けたのは世界史と日本史。いづれも2級。この試験を受けたのは年配の方が多いのかと思っていましたが、試験会場に来てみたら、意外と若い人が多かったです。特に女の子の姿が目立ちました。彼女達はひょっとして歴女?それと小学生もこの試験を受けていたのは、もっと驚きました。

試験の方は、世界史がとても難しかったです。なにせ、古代バビロニアとかイスラム史だとか中世ヨーロッパだとかなじみの無い時代の話ばっかりで、ちっとも答えがわからなかったです。というか問題文や選択肢にでてくる人物名も地名も語句もチンプンカンプンw

「ハットゥシャ」?「サルデス」?「キリル文字」?「ネブカドネザル2世」?「ル・バイヤート」?何それ?みたいな。仕方がないから、エンピツ✏️を転がしたり、アミダくじをやったりして答えを決めたものも多々ありました。

ベトナム戦争など近現代の問題も出てきましたが、そちらは「映像の世紀」をみていたお陰で、少しは解答ができたと思います。高校の時、世界史はあんまり習っていなかったし、大学受験のときも日本史をやっていたから、世界史は本当にわかりません。でも、この世界史のテストを通して知ったことも沢山ありました。

例えばニュートンの話。世界史の問題文に魔女狩りの話が出てきましたが、万有引力で有名な科学者のニュートンが魔女の存在を信じていたということも初めて知りました。

日本史の方は高校時代に勉強をしていたから、エンピツ✏️を転がす回数も世界史よりは少なかったですw
文化史と経済史が結構出題されていましたが、僕は受験生時代から文化史が大の苦手で苦戦しましたね。特にこの問題が難しいと思いました。

17世紀に西川如見が著し、蘭学のさきがけとなった海外についての地理所の名称として正しいものを次の4つから選びなさい。


  1. 「華夷通商考」
  2. 「采覧異言」
  3. 「西洋紀聞」
  4. 「三国通覧図説」



正解は“屐

△鉢は新井白石の著作。日本に侵入したイタリア人神父のシドッチを尋問して書いたもの。い藁啝卻燭涼作。林子平が朝鮮や琉球、蝦夷地の様子を解説した地誌で、のちに幕府から発禁されてしまったようです。あと、林子平といえば『海国兵談』が有名でしょうか?

もっと簡単な問題も出たけれど、わりと知識を試すような問題が多かったです。

悔しかったのは、「日中戦争で日本がつくった傀儡政権で新国民政府において首班の名前を漢字3文字であげよ」という問題。これ記述問題なのですが、この問題の答えは「汪兆銘」だってすぐわかりました。けれど、問題なのは漢字。

「汪兆銘」の「汪兆」まではわかったのですが、その後ろの「銘」が出てこない。一応「汪兆明」って書いたが、どうもしっくりこないなあと思っていたら、テストが終わってしまいました・・・解答用紙を見て、「もっと漢字の勉強しなきゃだめだな」っておもいました。



次の年(2012)の一月になって通知が来ました。結果は世界史、日本史ともに不合格・・・


世界史は100点満点で42点という結果でした。それで、世界史2級の合格ライン60点。合格率は32・8パーセント。

日本史は100点満点で50点という結果に終わりました。日本史2級の合格ラインは56点。合格率は19.7パーセント

日本史は合格率が低さに驚かされました。「日本史よりも世界史の方が合格率が低い」と思っていただけに意外に思われた。

それから、しばらくして歴史能力検定協会からまた封筒がきました。何だろうと思っていて開けてみたら、なんと


合格証書が入っていたではないか!


FA975AB3-EF28-4569-837C-34C15F00C9B7

見せびらかせるようでゴメンナサイ。まさか合格したとは思わなかったので嬉しくて・・・)

世界史は不合格でしたが、日本史のほうは何とか合格したのです。決して安くは無い受験料を払って、その挙句に不合格というのもヤルセナイと思っていた。それだけに嬉しい気分です。

どうやら、この間の2級の世界史と日本史の試験は、ともに採点ミスがあったみたいで。その結果、ボクは日本史2級の試験で56点とったことになり、合格ライン56点ギリギリで合格になったのです。ちなみに、合格率も19.7パーセントではなく28.1パーセントだったそうです。

世界史の合格ラインは60点、合格率は46パーセントだそうです。僕は42点(点数は変わりなし)だったから不合格である事には違いはありません。

しかし、某掲示板の「歴史能力検定」のスレをみてみると、1級合格をした人も、もっと高得点で2級合格をした人も結構いるみたいだから、素直に喜べませんでした。上には上がいるって事でしょう。

それから2014年の12月にも歴史検定を受けたのですね。その時受けたのは世界史2級だけでした。

結果は不合格・・・・

今回はもしかしたらと思っていただけにショックです。

ちなみに、今回の合格率は38・3パーセント、合格ラインは60点です。僕は50点だったのでダメでした。

しかも、この点数と言うのはたまたま知っていた時代や少し勉強したところが出てきたから取れただけの話。中世ヨーロッパや古代ローマの出題が多かったら、もっと点数が低かったかも。今年はぜひ、それも高得点で合格したいですね。

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