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1 法隆寺を支えた木
法隆寺ほうりゅうじはおよそ千三百年前につくられたものです。火災などもあって、何度か改築もしましたが、およそ65パーセントぐらいが創建当時のものです。飛鳥時代の木が半分以上も使われているなんてスゴイことです。その法隆寺を長年にわたって支えた材木はほとんどヒノキだそうです。(一部スギの木や松やケヤキなど他の木も材木として使われている)

「ドラゴンクエスト」の「ヒノキの棒」(ゲームの中で一番弱い武器)のイメージから弱そうな感じがしたのですがw、ヒノキは丈夫じょうぶなんだそうです。

ヒノキは木目がまっすぐに通っていて、材料は緻密ちみつ、軽くてやわらかく、ねばりもあり、虫の害にも、雨水や湿気しっけにも強いそうです。ケヤキなども法隆寺の木材として使われているようですが、ケヤキは材質がかたいうえに、木目もくめが通っていないという欠点があるそうです。

2 木は生きている 
 法隆寺の昭和の改築に関わった西岡常一にしおかつねかずさんは「千年の寿命じゅみょうの木を使うなら千年は持つ建物をつくるのが自分達のつとめだ」とおっしゃったそうです。 ヒノキだからこそ千年持つのであって、他の木ではもたないそうです。

木は切られた時に第一の一生を終えますが、建物に使われたときに、もう一度第二の生が始まるといわれています。ヒノキは切りたおしてから200年ぐらいは強さが増し、それからだんだん弱まってくるというフシギな強さを持った木だそうです。切りたおした後も長持ちするなんてすごいですね。

法隆寺が千三百年もったのは、ヒノキを使ったからです。法隆寺の伽藍がらん(※1)の材料がだいたい千年か千三百年ぐらいで伐採ばっさいされて材料になったものだそうです。千年長持ちする塔を建てたければ、樹齢じゅれい千年もの木を使わなくてはならないのです。ヒノキは樹齢がほかの木よりも長く、台湾には樹齢2千年というのもあるようです。

今の日本には樹齢千年のヒノキがありません。今、日本で一番大きいのが木のヒノキで樹齢450年。これでは千年ももつような塔もお堂も建てることができないそうです。

法隆寺の昭和の大修理や薬師寺金堂などを建築する際、当時日本に樹齢千年ものヒノキがなかったので、台湾たいわんのヒノキをつかったのです。しかし、台湾のヒノキも1992年以降、タイワンヒノキをることを禁止されたことから輸入がむずかしくなり、今後、法隆寺などの文化的遺産の補修できるかどうか・・・

仮に外国でヒノキを見つけたとしても、ヒノキを生かすのも良い木材になるかどうかを見極める目がなきゃいけないし、寺や塔を建てる際、ヒノキの良さを生かした使い方(建て方)をして、はじめて丈夫じょうぶで長持ちをする塔や寺のお堂を建てることができるといわれています。


3 木を殺す凶器きょうきのひとつは鉄
 法隆寺には鉄クギが全く使われていないといわれていますが、それはウソです。ただ、必要以上に使われていないのは事実です。ほとんど木組きぐみで作られています。実際に僕も本当にそうかなと思って法隆寺の本堂の柱などをみてみましたが、たしかにクギはあまり使われておりません。しかも、法隆寺で使われている鉄クギは、上質な鉄でできており、さびにくいそうです。

西岡常一さんは「木を殺す凶器きょうきのひとつに鉄がある」と述べられています。鉄を木に打ちこむと、鉄のサビでまわりの木もくさるそうです。木の穴にさしたボルトがさびると穴は2倍の大きさにも広がり、木をそこない、修理のときは鉄材だけでなく木も取りえなくてはならないほどです。

もちろん、西岡さんも鉄を全否定したわけではありません。ただ、同じ鉄でも飛鳥時代あすかじだいみたいに砂鉄からタタラをふんで、しっかりきたえあげた和クギなら千年もつそうです。ところが、時代が経つにつれて、クギの性能が良くなるどころか悪くなるといいます。

西岡さんいわく「古代のクギはねっとりしとる。これが鎌倉かまくらあたりから次第にカサカサして、近世以降のはちゃらちゃらしたクギになる。」と。時代が新しくなれば、それだけ良いものが作られるようになると思うのですが、逆にクギの質がだんだん悪くなっているというのです。

明治時代になって溶鉱炉ようこうろを使うようになってからさらに鉄が悪くなったそうです。溶鉱炉は確かに短時間で大量につくれますが、そのかわりクギの-質が悪くなるそうです。鉄はじっくりと温度をあげなければ良いものは作れないそうです。ホームセンターでも買えるような西洋クギだと25年くらいしかもたないそうです。本当に良いものを作るには時間と手間がかかるのですね。

※ おまけ
なんと、法隆寺の五重塔を3分の1で再現した人がいらっしゃるそうですね!五重塔を再現することで、飛鳥時代の職人さんたちの技、そしてヒノキという木材のすばらしさに改めておどろかされたと、その方は語られております。




※1 もとは仏道修行者が集って修行する静かな場所の意味であったが,のちに寺院の建築物を意味する言葉となった。

※ 参考文献