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明日は関東大震災があった日です。今日は関東大震災に関係するお話をします。かつてNHKのEテレで「さかのぼり日本史」という番組をやっていました。平成から弥生時代くらいまでの日本の歴史を未来から過去までさかのぼるという番組。けっこう面白い番組でした。この番組で「中華義荘チュウカギソウ」が出てきました。中華義荘とは日本に住んでいる中国人の共同墓地です。横浜の山の手にあります。中華街からはちょっと遠いです。

明治・大正まで、日本に亡くなった華僑カキョウ(※1)のなきがらは船で中国に運ばれるのですが、中華義荘は仮安置所として使われていました。しかし、関東大震災で多くの犠牲者が出て、この中華義荘にて埋葬まいそうされるようになったそうです。さらに、先の大戦の横浜大空襲で亡くなった在日中国人達もここに眠っているそうです。

「さかのぼり日本史」をみて、横浜の中華義荘に行きたくなりました。2011年に横浜に訪れ、ついでに中華義荘に立ちよろうとしました。事前にグーグルマップで場所を確認したのですが、いざ横浜の山の手に来てみると目的の中華義荘がどこにあるのかわかりません。道端の所々に設置された案内板(地図)を見ながら何とか近くまでこれたのですが、なにせ横浜はめったに行かないところ。

土地カンがないうえに方向オンチなものだから、僕はあっちへウロウロこっちへウロウロ歩いていました。とちゅうで道を歩いている、おばあちゃんに「中華義荘どこですか」と僕がたずねても、「え❓」という返事が返ってきただけでした・・・ 

グーグルマップの地図よりも航空写真で位置関係を調べればよかったなあ。地図は意外と位置関係がつかみにくいんですよね。航空写真のほうが、建物なんかもチェックできるから便利ですから。

しかたがないのでコンビニの店員さんに中華義荘を聞くことにしました。店員のオバさんに「中華偽装中華義荘はどこですか」とたずねたら、オバサンは首をかしげながら「中華義荘?さあ?」と答えるだけでした。それで僕は「中国人の墓地がこの辺にあるらしいのですが」とたずねたところ、オバサンは合点がいった顔をして「ああ、南京墓地ナンキンボチ」と答えたのです。

コンビニを出て、オバサンに言われたとおりに道をさかのぼってみたら、あったあったありました。中華義荘は地元では南京墓地と呼ばれていたのですね。はじめに尋ねたおばあちゃんに「南京墓地どこですか」って聞いたてたら、ちゃんと教えてくれたかもしれない。

中華義荘に来たのですが、やはり墓地ということもあってさみしいところです。日曜日に来たのですが、ここに来たのは僕以外誰もいない。夜来たら怖いかも。同じ横浜の外人墓地とは明らかに雰囲気が違います。外人墓地は観光地化していることもあってか、観光客やアベックが夜でも外人墓地の辺りを歩いています。だから、外人墓地は夜でもそんなにこわいとか、さみしいとかそんな感じはしません。

話を中華義荘の話に戻して、中華義荘には年季の入った中国の建物が建っています。この建物は「地蔵王廟」といって1892年に建設されたようです。敷地シキチに所狭しと立ち並ぶお墓には、「王」だとか「陳」だとか、中国人の名前がきざまれていました。日本なんだけど、日本じゃないような、まるで異国に来たような不思議な雰囲気を味わえる場所です。




※1 中国国籍を保持したままで、海外に移住した中国人およびその子孫。






※この記事は2011年7月16日に書いたものです。