今日は戦時中の女スパイだった川島芳子(かわしまよしこ)がなんと中華料理屋の女将おかみだったって話。僕もその話をきいてオドロキましたね。



1 天津にあった川島芳子の店

 芳子の中華料理屋があったのは天津てんしん。屋号は東興楼(※1)。芳子が中華料理屋を開いた理由は、芳子と関係があった多田駿(ただはやお)という人物のすすめがあったからです。店の開業資金も多田が出したそうです。

その店のかまえは、バーミヤンの様な親しみやすい雰囲気ふんいきではなく、夾竹桃(キョウチクトウ)にかこまれたチャイナ風の庭もついた高級な感じの店で、使用人はボーイだけでも4、50人はいたそうです。

ボーイ達をたばねる女将の芳子はボーイッシュではなく、地味なチャイナ服を身にまとっていたそうです。時に和服や洋服を着てかいがいしく接客をしていたそうです。

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(夾竹桃の花)

※1 「とうこうろう」って読むのかな?読み方はわからないけれど昭和12年開業であることは確か。


2 東興楼の客層

客層は、軍の関係者から(中国に進出している)日系企業にっけいきぎょうのサラリーマン、そして地元天津の住民と言ったところで、けっこう繁盛はんじょうしていたようです。

芳子は面倒見がよく、あまりお金のない日本兵にはサービスしたそうです。

一方で、お金のありそうな役人や、成金みたいな客からは遠慮えんりょなく高額の料金をぶんどったそうです。

店には女将の川島芳子目当てにおとずれる客も多かったようです。当時の川島芳子といったら大変な有名人で(「男装の麗人だんそうのれいじん」)、それこそ今の嵐やAKB48に負けないくらいの人気があったようです。それと、芳子は気もくし、話もうまかったから人気もありました。

しかし、芳子もこれまでの気苦労がたたったのか体調が優れない日々が続き、店の経営も使用人に任せるようになってしまいました。

3 東興楼のボーイの正体
 ところで、東興楼の働いているボーイ達は、実はみな安国軍あんこくぐんの兵士だったのです。安国軍とは、日本に帰順きじゅんした中国人兵のことで、多田が芳子にその兵隊を預け、芳子は兵隊たちの司令官になったのだ。要するに芳子親衛隊しんえいたいなのでしょう。

この安国軍は戦争のときは戦ってもらうけれど、いつも戦争があるとは限りません。それで安国軍のメンバーは戦争がないときは農業をやったり、都会に出て商売をやっていて、いつ戦争になってもいいように備えていたのです。安国軍の一部は芳子と一緒いっしょにこの中華料理店で働いていたのです。




 ※ 参考文献
愛新覚羅 王女の悲劇―川島芳子の謎
愛新覚羅 王女の悲劇―川島芳子の謎
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