前回までの記事で魔女狩りのひどさを書かせていただきましたが、科学や学問の発達に比例し、魔女狩りも次第に落ち着いていきます。今日はそのあたりを書かせていただきます。まずは魔女狩りに関係する科学者のお話をします。


1 魔女狩りと科学者

  近代天文学の祖ケプラー(1571年12月27日 - 1630年11月15日)はドイツの有名な科学者で「ケプラーの法則」を発見しました。ケプラーの母親は魔女と疑われ、牢屋に入れられたそうです。ケプラーの母親は薬草を売っていたらしく、それで魔女だと疑われたとか。ヒドイ話です。

ケプラーは母親のぬれぎぬを晴らすべく頑張ったみたいです。息子の努力も実りケプラーの母親は無罪になりました。親孝行ですねえ。まるで僕みたいwww自分で言うなってかw

フランシス・ベーコン(1561年1月22日 - 1626年4月9日)はイギリスの哲学者です。彼はシェイクスピアと同世代に生きた人物で、ベーコンとシェイクスピアは同一人物だという説まであるみたいです。彼は哲学者なのに魔女狩りと拷問ごうもんを容認していました・・・

「(魔女達に)苦痛を与えることによって自然の本質が理解できる」と言ったそうです。おっかないですねえ・・・学校や職場のイジメを「精神をきたえるためにも必要だ」と言っているようなものです。また、ベーコンは魔女を取り締まる法律の立案に協力したようです・・・

アイザック・ニュートン(1642年12月25日 - 1727年3月20日)は木から落ちるリンゴを見て、「勿体ねえ!!俺が食べてやる」と言った人物。
「万有引力の法則」を発見した人です。地球には引力があるという事を発見したのです。

ニュートンも魔女の存在を信じていたそうです。それと、ニュートンは錬金術れんきんじゅつにも熱心に取り組んでいたそうです。ちなみに、錬金術とは魔法で金を作ろうとしたのですが、それは失敗に終わります。しかし、錬金術は失敗したものの、金を作り出すための実験は、科学の発展にもつながったのです。

このころは科学者といえど、魔女の存在を信じる人が少なくなかったのですね。

2 下火になる魔女狩り
 17世紀(1601〜1700年)になると魔女狩りも下火になってきます。魔女狩りが下火になった理由は、科学の発展、ルネ・デカルト(※1)によって物事を懐疑的にとらえる思想が広まったこと、内部告発者がでたこと(※2)、裁判のやり方が変わった(魔女裁判で極刑がなくなった)だとか色々な説がありますが、はっきりとした理由はわかりません。

はっきりした理由がわからないものの、魔女狩りを禁止する法律が作られるようになったことも無視できないのではないかと。もともと人間には人をいじめたり、迫害する要求が潜在意識にあるようです。『女王の教室』でもオニ教師が「人間が生きている限り、いじめは永遠に存在するの。なぜなら、人間は弱いものをいじめるのに、喜びを見出す動物だからです。」といっていましたっけ。

魔女狩りというのは、当時の為政者や司教たちが、庶民に「魔女をいじめてもいいよ」ってお墨付きを与えたようなものです。だから、庶民たちはここぞとばかりに魔女狩りをしたのでしょうね。それが、お上から魔女狩りを禁止されたから、庶民たちも「魔女をいじめて罰せられるのでは合わない」って徐々にやめるようになったとも考えられます。

近年、学校でいじめにあった子の家族がイジメた子供の親に対して裁判を起こし、慰謝料を請求したという事例もありますし、裁判まで行かなくても、いじめた子の保護者に内容証明を送るとだいたい、それでいじめが収束するという話も聞きます。弁護士から書面が届けば、いじめっ子の親も子どもにやめるよう注意するからでしょう。そら、我が子のいじめが原因で罰せられたり、賠償金を払う羽目になったら合いませんよね。


ともあれ、ヨーロッパ社会において魔女狩りは18世紀(1701〜1800年)のなかごろになくなりました。

3 アメリカの魔女狩り
 ところが、魔女狩りは意外な場所で息を吹き返します。新天地アメリカ。それはマサチューセッツ州のセイラムという街で起こりました。ヨーロッパからの移民が開拓した街の一つです。それは1692年の出来事です。ある日、10代の少年や20代の青年数名が異常行動をしだしたのです。なぜ、そんな異常行動をとったのかを彼らにきいてみると、その中の一人が「魔女が自分たちに呪いをかけている」といったのです。

当時アメリカの各地で、先住民(インディアンの襲撃にあったり、伝染病が流行ったり、農作物の不作など、人々の間で不安が高まっていったのです。そうしてセイラムで、自分たちがこんな大変な思いをするのは魔女の仕業に違いないと思うようになったのです。こうしてセイラムで魔女狩りが始まりました。それは一年ほど続いたといいます。人口およそ1700人のうち、逮捕者は約200人、処刑者は19人もいたといいます・・・

魔女狩りを鎮めるような権力者が不在だったこともあり、皆が皆「あいつが魔女じゃないか」って疑うようになり、隣人同士の殺し合いもあったそうです。


4 魔女狩りはなくなったものの・・・ 


 魔女狩りそのものは無くなりましたが、魔女狩り的な集団ヒステリーがなくなったわけじゃありません。たとえば、ヒトラーやナチスに熱狂したドイツ国民もそうだし、戦前の日本もそうでした。『はだしのゲン』に出てくる鮫島伝次郎は、戦争に反対するゲン親子を非国民といじめる描写がありますが、実際そうしたヒコクミン狩りは戦時中おこっていたのです。それから戦後も、中国で文化大革命というものがありましたが、それはひどいものでした・・・紅衛兵とよばれる若者たちが、大人たちを集団リンチしたり、お寺を破壊したりしました。文化大革命に関しては、陳凱歌監督の『さらば、わが愛ー覇王別姫』にも描かれております。

最近のヨーロッパでも起こっているのです。SNSで「私たちの子供を誘拐して臓器売買をする奴があらわれた」というデマが書かれ、ロマとよばれる人たちが「誘拐犯」のレッテルをはられ、(デマを信じた)心無い人たちに襲撃された事件が起こっています・・・

ヨーロッパだけでなく、2018年のインドでも見慣れぬ車を住民たちが襲撃され、車の中に乗っていた人がころされてしまった事件もおこっています。これも「誘拐犯がいる」というSNSの書き込み。

メキシコでも2018年に一人の人間が集団リンチにあったあげく、焼死したという事件が起こりましたが、これも「誘拐犯がいる」というSNSの書き込みが原因。

日本では、コロナの影響で自粛警察なんて出てきました。自粛期間中に営業している店に張り紙をはって嫌がらせをしたり、東京から地方に来た車のナンバーが壊されたりという事件も起こっております。また、執拗なSNSによる批判に心を痛め自殺をした方もいらっしゃいます・・・


※ 1 フランスの哲学者ルネ・デカルトの一番有名な言葉は「我思う故に我在り」。すべての意識内容は疑いえても、意識そのもの、意識する自分の存在は疑うことができないということ。


※2 たとえば、ドイツのイエスズ会士フリードリヒ・シュペー。彼のことは前回の記事でも触れさせていただきました。→http://ehatov1896rekishi.diary.to/archives/2489208.html

参考文献
ウィキペディア

歴史能力検定世界史2級の問題用紙


週刊歴史のミステリー No.2 (2008/2/12号)
(株)デアゴスティーニ・ジャパン
2008







魔女狩り (岩波新書)
森島 恒雄
岩波書店
1970-06-20






〔コミック版〕はだしのゲン 全10巻
中沢 啓治
汐文社
1993-04-01