今日はピロスマニの生涯しょうがいを取り上げます。彼の人生を一言でいえば「孤独こどく」です。今日の記事も長いです。




1 幼いころに両親を亡くすも  

19世紀の終わりごろにピロスマニはロシア帝国の支配下にあったグルジアの東部、カヘティ地方のミルザアニで、まずしい農家に生まれました。

しかし、ピロスマニがまだ幼いころに、父と母を失います・・・・

みなしごになったピロスマニはカランタロフというお金持ちに引き取られます。よくドラマとかでは、継母ままははにいじめられたとか、そんな話になるパターンが多いのですが、ピロスマニはいじめられるどころか、実の子のようにかわいがられたようです。

またピロスマニはおさないころから絵をかくのが好きで、ひまさえあれば紙に何かをかいていたようです。


2 初恋そして失恋
 28歳のころ、ピロスマニは、カランタロフ家の3女(ピロスマニより10才年上)で、未亡人のエリザベート・ハンカラモーヴァの世話になります。

そこで、なんとピロスマニは、エリザベートに恋をしてしまいます。

ピロスマニはエリザベートへの思いをつづったラブレターを書くのですが、そのラブレターが見つかってしまったのです。そのためピロスマニは、カランタロフ一家のもとから出ていくハメになりました。

3 次々と職をかえる
 カランタロフ家を出て行ったピロスマニは、印刷屋や鉄道の貨物列車の制動手(※1 せいどうしゅ)など次々と仕事を変えては、どれもなかなか長続きしませんでした。

それでプロスマニはグルジアのチフリスの街にとどまり、好きな絵をいて<生計せいけいをたてようとしたのですあ。

あちこちの居酒屋いざかやかべにかける絵や、店の看板かんばんを描いていました。けれど、彼の絵はなかなか売れません。売れても安くなってしまいます。

それでもグルジア人は親切な人が多いらしく、居酒屋の主人たちはピロスマニの生活の世話だけでなく、画材まで援助えんじょしていたといいます。

そんな、生活を続けていたピロスマニに天気じゃなかったw転機が訪れます。


※1 列車に乗車してブレーキを取りあつかう仕事をする鉄道員のこと。

4 ピロスマニ評価される
 ペテルブルクからやってきた若い三人の芸術家に見いだされ、ピロスマニの才能が広く紹介しょうかいされるようになったのです。

よかったですねえ〜時に1912年、ピロスマニ50さいのころでした。

3人はピロスマニについて、芸術家仲間や新聞の記事で紹介したり、論文に発表したりしました。そのおかげかピロスマニは注目されるようになりました。

1913年にはモスクワの美術展にて4点の作品が出品されました。彼の絵は大きな反響はんきょうを呼んだといいます。


5 ピロスマニのスピーチ

1916年にはチフリスで一日だけの個展が開かれ、多くの来場者を集めたといいます。後日、グルジア芸術家協会の会合にまぬかれました。

この時、ピロスマニはこのようなスピーチをしたといいます。

「街の中心に、みんなが集える大きな家を建てましょう。そこでお茶を飲みながら、絵や芸術のことを語り合うのです。」

なんとも欲のない人ですねえ。自分の栄光よりもみんなでワイワイ楽しみたい、みんなと好きな絵を描きたい、そんなピロスマニの願いがつたわたってきます。

しかし、ピロスマニの栄光は長くは続きませんでした。

6 戦争でピロスマニの絵が売れなくなる
 1914年から始まった第一次世界大戦がおこりました。この戦争でピロスマニの生活は大きく変わりました。戦争のために社会は混乱し、物資も不足するようになりました。

いままでピロスマニの面倒めんどうを見ていた居酒屋は次々と店をたたみ、ピロスマニはたちまち仕事を失ってしまいました。


それでもピロスマニを認めてくれる人もいたし、絵を買う人もいたから、苦しいながらもなんとか食べていけたのです。


7 ピロスマニの絵が幼稚ようちだと批判される。

しかし、1916年の7月に彼を批判する記事が新聞に掲載けいさいされたのです。

その記事はピロスマニを幼稚ようちな絵だとバカにする内容でした。その記事の反響は大きく、ピロスマニは深く傷ついたといいます。この記事でピロスマニの絵の評価はガタ落ち、ピロスマニの周りにいた友人もはなれていきます・・

マスメディアの影響力は本当におそろしいものです・・・・・

以降、ピロスマニは前にもまして酒をあおるように飲んだといいます。

そして1918年、ピロスマニは、さびしく世を去りました。55歳の孤独な生涯しょうがいでした

※ おまけ
ピロスマニの描いた絵を動画にてご紹介します。味のあるいい絵だと思います。しかも、これらの絵をピロスマニは独学で学んだというからおどろきです。良い絵なのに、それを幼稚ようちだとはひどい話です。




※ 参考文献

放浪の画家 ニコ・ピロスマニ
はらだ たけひで
冨山房インターナショナル
2011-07-02