1 無理を押し通そうとした
 なんでも某ブラック企業の社長さんが「『無理』というのはですね、嘘吐(つ)きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんです」なんて仰っていまして、それを聞いた村上龍さんが「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」と突っ込んでおりました。この某ブラック企業の社長さんの言葉、妙齢のおじ様たちが聞いたら泣いて喜ぶような話ですが、よく考えたら生物学を無視した怖いセリフなのです。人間といえども生身の体なのですから無茶をしてはいけない。怠けるのもよくないけれど、人間の体の仕組みを無視してまで働かせると、いろいろと問題が出てきます。そうした話は戦時中にもありました。

山の生活で、糧秣は欠乏し、過労、長雨、食塩不足、栄養不良、それに加えて脚気、下痢、アミーバ赤痢、マラリヤ等により、体力が消耗しつくし、何を食べても一行回復せず、いや養分を吸収する力が無くなり、というより八〇才位の老人の如く機能が低下している。いわゆる栄養失調患者が相当数このストツケードにもいる。所内をカゲロウの如く、ふらふらと歩きまわっている様は、悲惨なものだった。食欲だけは常に猛烈だった。これは食べねば回復しないという意思も手伝っているようだが、少し多く食べればすぐ下痢をおこし、また衰弱する。それでも食べるので下痢は治らない。常にガツガツしている様は、餓鬼そのものだ。

自制心の余程強い人は良いが、そうでない人は同情を強要し、食物は優先的にたべるものと一人決めるものが多い。軍医氏の話によれば「栄養失調者は、身体の総ての細胞が老化するので、いくら食べても回復しない。それに脳細胞も老化しているので、非常識なことを平気でやるのも無理はない」という。なるほどと思われる解説だ。


これは山本七平さんの『日本はなぜ敗れるのか』を引用したものです。文に出てくる小松真一さんも山本七平さんも悪名高きインパールの戦いに参加したわけじゃないのですが、彼らもそのような地獄のような体験をしたのです。


2 日本とアメリカの違い

 こんどは日本の戦時中の医療についてお話します。医療の面からみても当時の日本軍の命を粗末にしたことがうかがえます・・・・

米軍は日本の医学について「軍事作戦の圧力にともなう日本軍医療の崩壊は、医療の崩壊を日本軍敗退の一因」と指摘していたようです。

たとえばガダルカナルの戦いにおいて、日本兵は病気に悩まされました。脚気、腸炎、マラリヤ等。戦時中ガダルカナルには4万2000人の日本軍がいたといいますが、その半分以上が病気や飢餓で死亡し、負傷者の80%以上が不適切な治療、医療材料の不足、後送こうそうする意思と能力の欠如により死亡されたとアメリカ側が説明しております。

なんでも、防虫剤はなく、蚊帳はわずかで、アクブリン、キニーネによる有効な薬剤医療体制がなかったといいます。ガダルカナルの戦いにおいて日本兵を苦しめた病気のひとつマラリヤは蚊から伝染するのですが、蚊の対策もなされず、治療する薬剤もわずか。しかも、負傷した兵が治療をうけるために(自分たちの陣地に)もどることは奨励されなかったといいます。大した治療も受けられず、ちょっとでもよくなると「大和魂をみせてみよ!」と危険な戦地にまた送られてしまう。

ちなみに日本軍のマラリヤ被害は「日本軍の全員が島への上陸後4〜6週間以内にマラリヤに苦しみ、非常に悪性だった結果、死亡率はすさまじいものとなり、ガダルカナル島の作戦終了までに部隊全体の4分の1を超えたかもしれない」と言われております。

 それから日本軍は円滑に機能する野戦病院をつくることもできず、病人の扱いは敷物か地面上に寝かせ、ときにわずかなヤシの葉ぶきの小屋を与えるというものだったといいます。野外診療室の衛生状況はひどいもので、病人はとくに夜間、壕内の便所にいくのをいやがったため排泄物が敷物のすぐちかくに積み重ねられ、雨が降ると、差し掛け屋根の壕のすぐ近くまで、その排泄物が流れてきたといいます。不衛生なのはそれだけでなく、傷口にまきつける包帯は常に雨が染みていたといいます。

さらに、病兵は食塩水不足のために代わりにココナツミルクを注射されたこともあったようです。食料は極度に不足し、ヤシ、草、野生のイモ、シダ、タケノコ、そしてワニやトカゲまでもが非常食として食べられたといいます。そんな風に食料が不足しておりましたから、脚気や腸炎が日本兵たちの間で多発したといいます。

一方のアメリカはそうじゃなく、病人はジャングルからよく整備された野戦病院に送られ、休息と適切な治療を受け、状況が許せばすみやかに後送され戦地を離れることができたそうです。「お国のために死ね」の日本軍とはえらい違いです。


 3 生物学を知らぬものほどみじめなものはない。

 そんな状況ですから、ガダルカナル島で死んだ日本兵のうち三分の二が病気や飢餓で死んだといいます。恐ろしい話です。日本軍はつねに糧秣の欠乏に苦しんでいたため、腹ペコで栄養失調になる兵士もたくさんいたのです。しかし、そんな状況にもかかわらず、上官は根性論ばかりを振りかざし、「前進あるのみ」という。いくら根性論を振りかざしても、生身の人間がちゃんと戦えるようにコンディションを整えてあげるのが上の人の役目だと思うのですが、残念ながら日本軍のお偉いさん方はそれができなかったようです・・・

それにしても日本軍はなぜここまで人の命をないがしろにするのでしょう。『日本はなぜ敗れるのか』によると、そもそも日本軍のお偉いさんは生物学を理解していなかったようです。

「生物学を知らぬ人間程みじめなものはない。軍閥は生物学を知らない為、国民に無理を強い東洋の諸民族から締め出しを食らってしまったのだ。人間は生物である以上、どうしてもその制約を受け、人間だけが独立して特別な事をすることができないのだ」

「日本はあまりに人命を粗末にするので、しまいには上の命令を聞いたら命がないと兵隊が気づいてしまった。生物本能を無視したやり方は永続するものではない。特攻隊員の中には早く乗機が空襲で破壊されればよいと、ひそかに願う者も多かった」





※ 参考文献および参考にした番組 

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
山本 七平
角川グループパブリッシング
2004-03-10






シリーズ証言記録 兵士たちの戦争 DVD-BOX
ドキュメンタリー
NHKエンタープライズ
2010-08-27