「カルネアデスの板」というお話をご存知でしょうか?それは古代ギリシャのお話です。どういうお話かというと、船が難破し、乗っていた人たちが海に投げ出されました。そして一人の男が命からがら、海にうかぶ船の板切れにしがみつくことができました。しかし、男がつかまっている板きれにもう一人の人物(男か女か不明)が板につかまろうとしました。すると男は、その人物を助けるどころか、あとから来た人物を突き飛ばし、その人物を溺死させてしまったのですね。

この話、僕が初めて知ったのは高校生の時です。すごいでしょw?といっても、マンガの『金田一少年の事件簿』を読んで知った知識ですがw





この「カルネアデスの板」のお話でもあるように、ふだんは善良な人物でも、自分の身を守るために、悪魔になることもあるのです。特に戦争。人を出し抜いてでも自分だけが助かろうとするのが、悲しいかな人間の性だと思うし、僕だって例外ではありません。人間というのはそれほど強い動物ではありませんから。もちろん、マザー・テレサやヘレンケラーのように、自分がピンチになっても他人のことを常に思いやれる人もいらっしゃいますが、残念ながらそんな方はそう多くはない。

規律が厳しいといわれている日本軍とは言われておりますが、飢えの苦しみや生死の境に直面すると一変するようです。たとえば、フィリピンのルソンでは、食料がないということで仲間同士が殺し合いをはじめ、しかも殺された兵士の肉を食べたといいます・・・敵兵の人肉、友軍の人肉、そして戦友までも殺して食べたといいます。

これが勝ち戦だったり、短期決戦だったらまだよかったものの、アジア太平洋戦争当時の日本の戦いぶりは、泥沼化で、しかもインパール作戦やガダルカナル島の戦いでも見られるように無謀な戦いばかりでしたからねえ・・・・





人間がいざとなったら悪魔になっていく様を、山本七平さんが「日本はなぜ敗れるのか」という本にてまとめられております。以下、引用します。



平地で生活していたころは、人間性悪説等を聞いてもアマノジャク式の説と思っていた。ところが山の生活で各人が生きる為には性格も一変して他人の事等一切かまわず、戦友も殺しその肉まで食べるという様なところまで見せつけられた。そして殺人、強盗等あらゆる非人間的な行為を平気でやるようになり良心の呵責さえないようになった。こんな現実を見るにつけ聞くにつけ、人間必ずしも性善にあらずという感を深めた。戦争も勝ち戦や、短期戦なら訓練された精兵が戦うので人間の弱点を余り露呈せずに済んだが、負け戦となり困難な生活が続けばどうしても人間本来の性格を出すようになるものか。支那の如く戦乱飢饉等に常に悩まされえている国こそ性悪説が産まれたのだということが理解できる。




「日本はなぜ敗れるのか」は、小松真一さんという人物が書いた「虜人日記」を引用したり、解説しながら、日本軍の問題点を山本七平さんがまとめた本です。小松真一さんは農芸化学を研究していたので、生物学という視点で日本軍の誤りを指摘していたのです。

また、この本にはこのように書かれておりました。


山の生活で、糧秣は欠乏し、過労、長雨、食塩不足、栄養不良、それに加えて脚気、下痢、アミーバ赤痢、マラリヤ等により、体力が消耗しつくし、何を食べても一行回復せず、いや養分を吸収する力が無くなり、というより八〇才位の老人の如く機能が低下している。いわゆる栄養失調患者が相当数このストツケードにもいる。所内をカゲロウの如く、ふらふらと歩きまわっている様は、悲惨なものだった。食欲だけは常に猛烈だった。これは食べねば回復しないという意思も手伝っているようだが、少し多く食べればすぐ下痢をおこし、また衰弱する。それでも食べるので下痢は治らない。常にガツガツしている様は、餓鬼そのものだ。

自制心の余程強い人は良いが、そうでない人は同情を強要し、食物は優先的にたべるものと一人決めるものが多い。軍医氏の話によれば「栄養失調者は、身体の総ての細胞が老化するので、いくら食べても回復しない。それに脳細胞も老化しているので、非常識なことを平気でやるのも無理はない」という。なるほどと思われる解説だ。


この本に出てくる小松真一さんも山本七平さんも悪名高きインパールの戦いに参加したわけじゃないのですが、彼らもそのような地獄のような体験をしたのです。日本軍はつねに糧秣の欠乏に苦しんでいたため、腹ペコで栄養失調になる兵士もたくさんいたのです。しかし、そんな状況にもかかわらず、上官は根性論ばかりを振りかざす。いくら根性論を振りかざしても、生身の人間がちゃんと戦えるようにコンディションを整えてあげるのが上の人の役目だと思うのですが、残念ながら日本軍のお偉いさん方はそれができなかったようです・・・

さらに、この本から引用します。

「生物学を知らぬ人間程みじめなものはない。軍閥は生物学を知らない為、国民に無理を強い東洋の諸民族から締め出しを食らってしまったのだ。人間は生物である以上、どうしてもその制約を受け、人間だけが独立して特別な事をすることができないのだ」

「日本はあまりに人命を粗末にするので、しまいには上の命令を聞いたら命がないと兵隊が気づいてしまった。生物本能を無視したやり方は永続するものではない。特攻隊員の中には早く乗機が空襲で破壊されればよいと、ひそかに願う者も多かった」


戦争だから、人命、人命ばかり言っていられないのかもしれませんが、もう少し何とかならなかったのかと思わず思ってしまいます。

当時の軍部が生物学を知らなかったといいますが、台湾の総督だった後藤新平みたいな人が軍部にいれば違っていたかもしれない。彼は台湾を統治する際、 「ヒラメの目をタイの目にすることはできない」と語り、日本式をおしつけるのではなく、台湾の実情にあった統治を目指したといいます。医者だった後藤の台湾経営の哲学は、しばしば「生物学的植民地論」とよばれました。旧日本軍は鯛の目をヒラメにするどころか、ピラニアが100匹いる水槽に金魚をいれて、その金魚たちに「根性で生き延びろ」みたいなことをやるからおかしくなる。


これは戦争の話ばかりではなく、現代にも通じる話だと思います。たとえば某ブラック企業の社長さんが「『無理』というのはですね、嘘吐(つ)きの言葉なんです。途中で止めてしまうから無理になるんです」なんて仰っていまして、それを聞いた村上龍さんが「いやいやいや、順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」と突っ込んでおりましたが。


※ 参考文献および参考にした番組 

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)
山本 七平
角川グループパブリッシング
2004-03-10






シリーズ証言記録 兵士たちの戦争 DVD-BOX
ドキュメンタリー
NHKエンタープライズ
2010-08-27