「赤とんぼ」は言わずと知れた日本の唱歌の名曲です。学校でも習うし、EXILEのATSUSHIさんも「赤とんぼ」をカヴァーされたくらいですから日本人なら誰でも知っている。といいたいところですが、知らないという人も少数ですが、いらっしゃるのですね・・・特に若い人。2002年の調査で18人の未成年にアンケートをとったら「赤とんぼ」という曲を全く知らないという子がなんと6人もいたのですね・・・。

ちなみに、ちあきなおみさんに「紅とんぼ」という同名異曲(厳密にいえば「赤」と「紅」の字が違う)があるのですが、こちらは知らない人のほうが多そうですねw

この「赤とんぼ」を三木露風が作詞しました。三木露風の故郷は兵庫県の龍野町たつのちょう(今の兵庫県たつの市)のうまれで、大正10年にこの曲が生まれました。「赤とんぼ」の歌詞は三木露風が北海道・函館のトラピスト修道院内で書いたものです。故郷の龍野で過ごした子供のころの思い出を詩に託したといいます。その後、昭和2年に山田耕筰が曲をつけました。

歌詞の舞台となったたつの市は、かつては龍野藩5万3千石の城下町として発展をし、「播磨はりまの小京都」とよばれるほど美しい街でした。いまでも城下町時代の町割りが残っているそうです。

「赤とんぼ」は、NPO法人「日本童謡の会」が行った「好きな童謡」アンケートで一位をとったそうです。舞台はたつの市ですが、多くの人たちにとって故郷、そして母をこの曲から思い浮かべるそうです。歌詞にはどこにも「母」の文字および「母」を連想させるようなキーワードはないのですが、抒情ただよう曲調が、なんとなく故郷で暮らす自分のお母さんのイメージを浮かべるのでしょう。

しかし、三木露風の母は、彼が幼い時に夫の放蕩ほうとうを嫌い、家を飛び出したのですね。作曲をした山田耕筰も家が貧しかったので、9歳で養子に出され、母のぬくもりを知らずに子供時代をすごしたのですね。母のぬくもりを知らないがゆえに、母への思いが強かったのですね。そんな山田と三木の思いが、この歌に込められているのかもしれません。そう考えると「赤とんぼ」を聴いた人が「母」をイメージする人がいらっしゃるのも、うなずけます。

また、この歌にでてくる「ねえや」とは三木露風のお姉さんのことではありません。子守娘のことだそうです。今でいうベビーシッターですね。むかしは子守娘といって、よその家へ奉公をしている女性がいたのですね。朝ドラの「おしん」でも、主人公のおしんは幼少のころに子守娘として材木商のところへ奉公したのですね。奉公先の材木商では、子守だけでなく、いろいろな雑用を命じられり、そこの女中のボスからもいじめられたりと、おしんはつらい思いをしたのですね。

この「赤とんぼ」に出てくる娘も15歳になり、晴れて嫁に行くことができたというのですね。今ではあんまりいないけれど、昔は15歳でも結婚する人はいたのです。あるサイトでは大正〜昭和初期でも15歳で結婚できた人は極めて少数だったといいますが、それでも結婚できた人はできたのですね。

しかし、15で結婚できたとしても、嫁ぎ先で女中のようにこき使われる人も少なくなかったといいます。今でこそ、愛する二人が結ばれて結婚というのが当たり前で、下手すりゃダンナが仕事の合間に子育てをしたり家事をしたりなんてケースも見受けられます。けれど、昔は農家であれば農作業の手伝い、あるいは商人の家は商売の手伝いという具合に、嫁としての働きだけでなく、労働力として働いてくれることを求められたといいます。

そうした話は戦前の話ではなく、戦後になってもしばらくは続いたようですよ。僕の母親が我が家に嫁いだ初日に祖母に言われた言葉が「あんた、体は丈夫かい?」だったそうですから・・・要するに、家のことをしてもらうのに体が弱いと困るということでしょう。


(「赤とんぼ」の動画)

※ 参考文献



紅とんぼ
ちあきなおみ
テイチクエンタテインメント
1988-10-05