広島県呉市に音戸の瀬戸(おんどのせと)とよばれる海峡があります。海峡自体は比較的狭いのですが、海流がはやく泳いで渡ることができないので、船を使って海峡を渡ったのです。現在の音戸渡船の形は江戸時代からと言われています。

そしていつごろからか急流から舟歌『音戸の舟唄』が作られ歌われました。戦後、渡船は24時間開かれ、4隻で船頭10人以上で運航していたそうです。それが海峡に橋がかかったのですね。

1961(昭和36)年に瀬戸内海初の有料道路橋(現在は無料)として開通した音戸大橋と、2013(平成25)年に開通した第二音戸大橋(愛称:日招き大橋)が架かり、1つの海峡に2つの橋がかかる日本では珍しい景観を作り出しています。

そんなこおもあって渡船のニーズが減っているのですね。しかし、いまでも地元の人は交通手段として渡船を利用したり、観光目的でも渡船は使われております。

この音戸の瀬戸を切り開いたのは平清盛だといわれております。安芸の厳島神社に参拝するための航路の整備のために切り開いたとか、荘園からの租税運搬のため、日宋貿易のための航路として、海賊取り締まりのため、など様々な説が言われております。






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(清盛の塚)

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(清盛の塚)

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(平清盛の人形)