主婦が動くと歴史が動くといわれております。たとえば、原水爆禁止運動。これは1950年代後半にビキニ沖での水爆実験で第五福竜丸の乗組員が被爆したことを受け、立ち上がり署名運動を行ったのは主婦たちでした。主婦たちが行った行為がやがて、全国いや世界にまで広がりをみせたのですから、すごいことです。l

大正時代にも主婦たちが立ち上がった事件がありました。それは米騒動です。第一次世界大戦後、日本の景気が良くなりましたが、物価も上がってしまったのです。そして、コメの値段も高騰したのです。それは政府の米価調整政策の失敗と、悪徳なコメ商人がシベリア出兵に備えコメの買い占めを行ったことが原因でした。それで富山県の主婦たちが立ちあがった事件です。ただでさえコメが買えなくて困っているのに、コメが海外(シベリア)に流れては困る。それを主婦たちは阻止しようとしたのです。こうした動きはやがて日本中に広まりました。

実は、その米騒動に似た事件がフランスで起きました。それが、1789年10月5日におきたのです。その日、パリの8000人の女性たちが雨の中をヴェルサイユに行進しました。女性たちはなんとヤリやサーベルなどで武装し、大砲まで引いていたというからすごいですねw

350px-Women's_March_on_Versailles01



このころのパリではパンが不足していて、台所をあずかる女たちは先行きを不安に感じていました。そんなに人々は食うに困っていたのに、王宮では連日のようにパーティーが開かれていたそうです。それには女たちも激怒。王様になんとかしてもらいたいとおもって女たちはヴェルサイユにやってきたのです。

女性たちの代表が国会議長ムニエの仲立ちで国王に会見し、ルイ16世はパンと麦をパリに送り届けることを約束しました。しかし、結局騒動は収まらず、群衆がマリーアントワネットの寝室まで迫ってきたため、アントワネットは手近の衣類を羽織って国王の部屋へ逃げたといいます。もはや国王といえども民衆たちに怒りは納められそうにもありません。こうして、国王一家は慣れ親しんだヴェルサイユ宮殿をはなれ、パリのチュイルリー宮殿にうつりました。

この時代は女性は低く見られていたのですが、こうして女性が立ち上がって、自分たちの訴えを国王に届けようとしたのは歴史的にも大きなことだと思います。

※ 参考文献
<