1 李登輝が亡くなった年
 今年は、志村けんさんや岡江久美子さん、野村克也さん、弘田三枝子さん他たくさんの有名な方がお亡くなりになりました。この場を借りてお悔やみを申し上げます。あと、今年は台湾の偉大な政治家李登輝が亡くなった年でもありました。彼は台湾の民主化を進めた政治家として名高い人物で、日本ともかかわりの大きい人でありました。

僕も彼の本は何冊か読んだことがあります。おっと、「さん」をつけずに李登輝と呼び捨てをするとは何事!なんて怒らないでくださいね。彼はもはや歴史上の偉大な人物といっても過言ではありません。歴史上の人物は敬称を付けないのが普通みたいですし。

李登輝はたびたび日本に訪れました。総統退任後は持病の治療や講演、観光などの目的で計9回、日本に足を運んだといいます。特に2000年の訪日には中国から「李登輝を日本に入国させるな」という圧力があったそうですが、時の総理の森喜朗元総理がビザを発行したのですね。今年の李登輝の葬儀にも森元総理も駆けつけました。

2 コロナで大変だった一年
 さて、今年はコロナで大変な年になりました。今日東京でも1000人も感染したとか恐ろしいことになっております。僕も他人事ではありまえん。もしかしたら自分も感染しているんじゃないかくらいの気持ちを持ったほうが良いのかもしれません。

僕は医学的なことは全く分かりませんが、健康の基本は食だと思うんです。なんでも糖尿病になるとコロナが重症化しやすいと聞いております。 世界のコロナウイルス感染者のうち、安いジャンクフードをたくさん食べる食生活で肥満や糖尿病などの生活習慣病を抱える人は、重症化率や死亡率が高いと言われているそうですね。また、コロナに打ち勝つためにも免疫を付けたほうがいい、そのためには良いものを食べろという意見もあります。

もちろん良いものを食べたからといってコロナに感染しないという保証はありませんが。


3 農業問題に取り組んだ李登輝
食といえば、李登輝も「食」に関しては大変熱心な取り組みをしました。李登輝は政治家であると同時に農業学者という顔も持っておりました。彼は反中国のプロパガンダ的存在のように思われがちですが、むしろ政治家というより優れた学識の持ち主といったほうが近いと思います。

李登輝氏が総統になって真っ先に取り組んだのは疲弊した農業をどう立て直すかでした。年1回しか収穫できないサトウキビに代わり、園芸作物や熱帯果樹、畜産に舵を切ったといいます。

畜産では台湾牛生産のためにサトウキビ畑を牧草地に切り替え、30万頭の養豚にも取り組みました。熱帯果樹では、八重山はマンゴーやレンブ、釈迦頭などの栽培に成功し、李氏の農業改革の恩恵を存分に受けたといいます。

また、李登輝はダムをつくって農業の生産量を上げたりしておりました。

 

4 抑えつけるのが権力の維持だという思い違い

李登輝は沖縄にも訪れましたが、その時このような話を述べたといいます。

「サトウキビは途上国や植民地に見られるプランテーション型の作物です。権力者は、民が貧しい方が治めやすい。抑えつけているのが権力の維持だと思い違いしている人が、今の政治家には多いです。思うに、サトウキビで豊かになった国は一国もないです。サトウキビは全世界で1億5千万点源困気譟⊂暖颪22%、78%が余剰なんです」

サトウキビの知識だけでなく、その歴史的背景までパッと出るところ当たり、李登輝の学識に驚かされます。

かつて琉球王国も島津藩からサトウキビから得られる収入を搾取されておりましたし、アメリカの黒人奴隷の話をみてもそれは明らかです。黒人にサトウキビ労働でこき使い、そうして得た収入を白人は搾取していたのですね。

民が貧しいほうが治めやすいというのは言えてると思います。一概に言えませんが、独裁者がいつまでも権力を握っている国は貧しい国が多いです。北朝鮮しかり、かつての中国もそうでした。毛沢東が権力を握っていたころの中国は本当に国民が貧しかったし、今は経済成長が著しいですが、その一方で貧富の差も激しい。

また、抑えつければ権力が維持できるわけではないのです。むしろ、抑えようとすればするほど、それに反発する動きがでてきて、下手すれば独裁者を倒す動きにまで発展する。台湾も長く戒厳令が敷かれておりましたが、激しい民主化運動がおこりました。そうした民主化運動の積み重ねが李登輝総統の誕生につながったし、中国でも度々民主化運動が起こっております。今年、香港で民主運動家が逮捕されたのは記憶に新しいです。

「ドラえもん」にもそういう話が出てくるのですね。のび太がドラえもんの道具を使って「のび太王国」という国をつくるのですね。のび太はロボットの警察を操って、ドラえもんやジャイアンや出木杉など仲間を監視したり、こき使ったりしてきたが、怒ったドラえもんが反乱を起こしたという話。



5 後藤新平
 李登輝がここまで農業に関心をもったのは、日本での留学経験が大きいといわれております。李登輝は農業経済の専門家、新渡戸稲造を尊敬していたので、新渡戸が教えていた京大に進学したとも言われております。李登輝は新渡戸稲造と後藤新平の影響を受けたといいます。

後藤新平の話も出たので、後藤の話もちょっとさせていただきます。(新渡戸と李登輝の関係はまた別の機会に触れます)。後藤新平は医者だったこともあり、台湾の衛生問題に取り組み、当時台湾で流行っていたコレラの対策にもずいぶん取り組んだといいます。

予防接種を義務化し、上下水道の敷設を行い、伝染病の予防に寄与しました。衛生状況が悪かったので、後藤は衛生問題にとりくんだのですね。今日のコロナも清潔にすることが大事だといわれておりますしね。また、後藤は教育の充実を図り、医学校の創設も行い医療レベルを飛躍的に向上させたといいます。

李登輝が後藤新平から学んだことは、「人民が何を欲しているか」です。後藤は医者だったからこそ、生物学的に人民が何を欲しているかを知ろうとし、そのためには何をすべきかを考え、必要に応じて自分で法律を作ったりしたといいます。法律に縛られず、人民のことを考えた後藤の姿勢を通して、李登輝は国民に耳を傾け、積極的な政治を行っていったのですね。


6 李登輝のメッセージ

 昨年はコロナの猛威をふるい大変な年になりましたが、来年こそコロナが収束し、良い年になるといいですね。李登輝が遺されたメッセージで何か良い言葉がないかググったらありました。以下ご紹介ます。

「今、生きているということを大切にして、前向きに生きてほしい」

この言葉は李登輝が平成27年に東日本大震災で被害を受け同県岩沼市の犠牲者を慰霊する「千年希望の丘」を訪問したときに述べられた言葉です。李登輝は集まった約100人の被災者らにと日本語で語り、一人一人と握手をして励ましたといいます。そういえば来年は震災からちょうど10年目でもあるのですね。まさに今年は東日本大震災以来の国難であり、来年以降も大変だと思いますが、前向きにこの困難を乗り越えていきたいものですね。

※ おまけ
今年はネズミ年。世界で最も愛されているネズミ、ミッキーマウスの動画をご紹介して、今年の僕のブログ更新を終わらせていただきます。来年は皆さんにとって良いお年になりますように。時期が時期だけに、お体にも気をつけて、なにとぞご自愛のほど。





https://hubokinawa.jp/archives/1347(参考サイト)

指導者とは何か (PHP文庫)
李 登輝
PHP研究所
2015-06-05

(参考文献)