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本題に入る前にの絵をごらんください。なんのコスプレでしょうw?ハロウィンではありません。これは中世のヨーロッパでペストが流行ったときに当時の医療従事者というか医者がこのような衣装をしていたのですね。最近、テレビで医療従事者という言葉ばかり聞いていたので、つい医療従事者って言葉が出てきますw

当時の医者が鳥のようなマスクをつけていたのです。それはマスクのくちばしのところに汚染された空気を浄化するための薬が入っていたのですね。そのマスクの眼の部分にはガラスがはられております。これは悪い空気をふせぐため。当時のヨーロッパでは感染症は悪い空気が引き起こすと考えられていたのです。

現代ではペストの原因はペスト菌だとわかっていますが、当時の人たちは微生物や菌の存在を知りませんでした。そのペストの毒の原因は神の罰だと人々は考えました。

神の罰ということから、己の肉体をムチで痛めつけ、ひたすら神のの許しを求めようとした人間まで現れたのです。そうして個人から次第に団体になり、苦行団は100人ほど集まっては、都市や農村を移動し上半身裸になって、教会の広場に集まったといいます。そこで彼らは自身のムチで売って血を流し、神への謝罪を繰り返したといいます。

ペストの原因は神の罰ではなく、ペスト菌が病原体です。黒死病ともいわれております。ペスト菌の発生源はネズミです。ドラえもんがネズミが嫌いなのは一度ペストにかかったから?うそうそ、そんなことありませんw

もっといえばペスト菌はネズミについているノミから人間に感染するのです。ペスト菌をもっているネズミの血をノミが吸い、そのノミが感染します。さらにそのノミが人間にまとわりついて、人間はペストに感染してしまうのです。一人が感染すると、人から人へと飛沫感染ひまつかんせん、つまり人が話をしたり、セキをしたりして、感染するのですね。そこのところはコロナとおんなじですね。

ペストは症状により何種類かあるようですが、一般的な症状は2〜6日の潜伏期間の後発症するそうです。発熱や吐き気、頭痛、めまい、ゲリ、リンパ節が大きくはれ炎症を起こし激しく痛むなど。一般に死亡は発症後から3〜5日、ひどい時は数時間から一日で死亡するというから恐ろしい。

ペストは中央アジアから広がり、1346年から52年まで流行し、死者が5000万人もいたといいます。墓での埋葬が追い付かず死体がそのまま捨てられるありさまだったそうです。それが雨が降るともっとひどいことになります。ペストで死んだ死体の山に雨水がしみ、それが地表へしみます。それが地下水や川、井戸水に流れたら、その水を飲んだ者がやはりペストにかかってしまうのです。昔は抗生物質もなかったし、衛生観念もなかったから、余計ひどいことになったそうです。

ペスト菌は比較的熱に弱かったそうです。その適性のためかアフリカのサハラ砂漠より南の地方が直接ペストが侵入しなかったのです。一方でコロナはサハラ砂漠より南でも広まっているところをみると、コロナは熱にも強そうです。そういう意味ではコロナはペストよりやっかいかもしれません。

ペストはその恐ろしい症状だけでなく、人間を不安と恐怖のどん底に陥れました。そして、それから逃れるために行われたのがうさ晴らし、逃亡、他者への迫害です。

どんちゃん騒ぎや酒を食らったりして現実逃避をしたり、他の都市に逃亡したり。

一部の富裕層は郊外へ逃げ、今でいうステイホームをしたそうです。その中でも作家のボッカチオは『デカメロン』という著作からこのようなことを書いております。初めに言っておきますが、でかいメロンのことではありませんからw

「この疫病がひどい有様になったのは火との接触によって病人から健康な人へと感染していったからです。」「病人を時々訪ねるだけでも感染してしまい」「衣服をはじめ病人が触ったりつかったしたものは何でもひとたび触るとたちまち感染してしまうのです」


そして、黒死病が流行って弱いものがどんどん迫害されるようになります。その標的になったのがユダヤ人。「ユダヤ人が井戸や泉に毒物を入れ、ペストの原因となる瘴気しょうきを発生させた」と。まったくの濡れ衣ですが、当時のヨーロッパ人はペストはユダヤ人の陰謀だと信じていたのです。1348年3月スペインのバルセロナでペストが大流行すると、ユダヤ人が疑われ、大勢殺されたといいます。

そうやってスペインからスイスやフランスへと広まっていくとさらにユダヤ人に対するまなざしは厳しくなります。ひどかったのが1349年2月、フランス北東部のストラスブールで起きた悲劇です。この街ではまだペストがひろまっていないに被害を未然に防ごうと約900人のユダヤ人が共同墓地に掘った大穴で焼き殺されたといいます。

その後もユダヤ人迫害はヨーロッパ中で広がり、一万人以上が犠牲になったといいます。ユダヤ人大量殺害というとヒトラーを連想しますが、すでにこの時代から始まっていたのですね・・・・また、ユダヤ人だけでなくロマやハンセン病の人までも迫害を受けたといいます。

恐怖の原因を自分たちと異なるものに原因を求めて、恐怖のはけ口にしていたのですね。デマを信じて、これほどの被害が起こるというのは現代でもないとは言えないのです。

情報が発達した現代においてもありえるのです。実際SNSでもデマの書き込みが随分ありましたし、自粛警察と呼ばれる人たちが、非常事態宣言のさなか営業中のお店に張り紙を貼ったり、嫌がらせ電話をしたとか。大量の情報があふれるからこそかって混乱が生じるという事があるのです。それを「インフォデミック」というそうです。

おしまいに、ノストラダムスのお話をします。ノストラダムスは予言者として有名ですが、本職は医師だったのです。ノストラダムスはどうやってペストに取り組んだのでしょう。

ノストラダムスは過去の経験から学んだペスト駆逐法を次から次へと実行していきました。死者を埋葬したあと、石灰石で覆うように命じ、道を洗浄し、ネズミを集めて焼き捨てたりしました。残った人々には、手や顔を洗うようにすすめました。患者に対しては、風通しのよいベッドに寝かせ、またハーブを調合した薬を与えたりしました。こうしたノストラダムスの努力も実り、ノストラダムスがいた街はペストが収まったといいます。ノストラダムスは、ペスト治療の功労者としてフランス医療史に名を残したのです。

※ 参考文献
予言者 (Truth In Fantasy)
第666部隊
新紀元社
1998-10-01



ペストの歴史
宮崎 揚弘
山川出版社
2015-05-22