今でこそ手洗いが感染予防の基本だといわれていますが、一昔前は手洗いの重要性が理解されないどころか、バカにされたといいます。手には小さな微生物が付着しているから手洗いをすることが大事だとわかったのは17世紀ごろ。

オランダの人文学者のレーウェンフックら科学者たちが当時発明さればかリの顕微鏡をつかって、手には微生物やらバイ菌がいっぱいいることを突き止めたのです。そこで肉眼では見えない微生物が原因じゃないかといわれるようになりました。しかし、当時の科学の主流は悪い空気が人間を病気にすると信じられておりました。それはなんと19世紀まで病気は悪い空気が原因だと信じられていたのです。

19世紀オーストリアウィーンにて。ウィーン大学病院の産婦人科の医師イグナック・ゼンメルワイス。当時のウィーンでは 産褥熱さんちょくねつという病気で妊婦たちは苦しんでいたのです。一か月で208人中36人がこの病気で亡くなったといいます。ゼンメルワイスは患者のデータを診て奇妙なことに気づきました。

ウィーン大学病院にはふたつの産科があり、第一産科には医師や医学生が、第二産科には助産婦が働いていたのです。このうち、第一産科のほうが産褥熱さんちょくねつにかかる人がはるかに多かったのです。なぜこのような結果になったのか。ゼンメルワイスは二つの第一産科と第二産科の気温や温度、食べ物や飲み物まで比較したといいます。しかし、そこには大きな違いはありません。それでゼンメルワイスは第一産科の医師たちの行動と、第二産科の助産婦たちの行動を観察しました。すると決定的な違いがあることが分かったのです。

第一産科の医師たちだけが死亡した患者を解剖していました。医師たちが解剖をする際に死体についている「死体粒子」という物質が彼らの手に付着したのではないか。そして手についた死体粒子が妊婦を診察する際に、彼女たちの産道に付着して病気を起こすのではないかと。

この死体粒子を落とすには手洗いをするとよいと気づいたのです。ゼンメルワイスは、医師たちに手を洗うことはもちろん、医療器具を塩素で洗ったり、爪までも入念にブラシで洗うように指導したといいます。すると第一産科における死亡率が驚くほど下がったのです。

そしてゼンメルワイスは「 産褥熱さんちょくねつの原因と概念およびその予防法」という論文を1861年に発表しました。

産褥熱さんちょくねつは悪い空気からくるものではない。感染で起こるのだ。したがって予防可能な病気であり、この病気が蔓延する積金は予防に努めようとしない者にある」「私たち医師が数世紀にわたり墓場に贈ってしまった犠牲者の数は神のみがご存知だ。こうした認識は医者にとってつらくても秘密にすることは絶対にできない」と。


ところが、ゼンメルワイスの主張にたいし、医学界の権威たちは激怒。なぜ医学界の権威たちが怒ったかというと、患者の死が医者のミスによるものというゼンメルワイスの主張は受け入れがたいものだったのです。また、手洗いが病気をふせぐとか微生物をなくすという発想が当時の医師の権威にはなかったのでしょう。またゼンメルワイスのこだわりの強い性格も災いし、当時の医学界の人たちに受け入れてもらえなかったのでしょう。

こうしてゼンメルワイスの主張は否定されたのです。その後、ゼンメルワイスは精神を病み1865年、46歳で亡くなってしまいます。科学の世界や医学界にも派閥争いみたいなものがあったのですね・・・なんか今の日〇医〇会や東〇医〇会とかととダブるな・・・

ところが1876年、ドイツの医師ロベルト・コッホがコッホの三原則をうちだしたのです。

  • 病気にかかった動物から原因から可能性がある細菌を見つけ出す。


  • 最近を取り出し培養


  • 培養した細菌を健康な動物に接種。同じ症状が現れ場、病気の原因は最近


コッホの三原則により、細菌が悪さをすることが判明。そしてゼンメルワイスが主張した手洗いの重要性も科学的に証明されたのです。