この頃、護良は幕府が滅亡したにも関わらず、大和国信貴山シギサンに籠城し、戦いの準備をしておりました。そのことに驚いたのが後醍醐天皇。後醍醐は護良のところへ死者じゃなかったw使者を送りました。「護良よ、幕府は滅んだし、戦も終わった。そのようなことはやめて、昔のように比叡山に戻り、み仏に使える坊さんらしい生活をしなさい」と。

それに対して護良はこう返したといいます。

「今、世の中に平和が訪れたのは、天皇の御威光のおかげですが、私の長年の苦労によるものもあるでしょう。しかるに、尊氏は少しばかりの合戦に勝ち、京都を攻め落としたに過ぎません。それなのに、誰よりも恩賞をいただきました。まして尊氏は源氏の嫡流チャクリュウ。このままでは尊氏は幕府を起こし、朝廷に刃向かうことでしょう。今のうちに尊氏を叩いた方が良いと思いまして、私は兵の訓練をしているのです」と後醍醐に言い返したのです。まさに、親への反抗。聞かん坊の護良の返事に後醍醐は困ってしまいます。実はこれが護良の悲劇の始まり。素直に坊さんになればよかったものの。もし、タイムマシーンがあったら、僕は護良に「お父さんの言うことを聞かないと後でとんでもないことになるよ、後悔しても知らないよ」ってアドバイスしたいところ

一方で、尊氏が後醍醐天皇と対立し、南北朝の戦いが始まるのは歴史が証明する通り。そういう意味では護良は先見の目があったともいえます。

そして、護良は自分を征夷大将軍セイイダイショウグン にしろと後醍醐に要求。後醍醐は、なんと、これに応じました。征夷大将軍というのは武官の最高位で、全国の武士を動かしうるほどの権威がある役職です。しかも、護良は、後醍醐から正式に征夷大将軍に任命される前から、無断で将軍を自称していたのです。後醍醐は護良の要求を飲んだというより、護良の言い分を追認したと言った方が近いのです。なんというスタンドプレー。これが「ガンダム」だったら、ブライトさんやウォンさんに修正されても文句が言えません。

機動戦士Zガンダム SPECIAL
鮎川麻弥
キングレコード
1999-03-05



本来は武士の出身じゃないと征夷大将軍になれないのはずなのですが、実は鎌倉幕府では皇室の出身者が4代にわたって征夷大将軍になっているのです。宗尊親王ムネタカシンノウ惟康親王 コレヤスシンノウ久明親王ヒサアキラシンノウ守邦親王モリクニシンノウと。「鎌倉幕府だって皇室出身者が征夷大将軍になれたのだから、私だってなれるはずだ」というのが護良の言い分。しかし、護良が征夷大将軍になったことに反感を持つ人も少なくなかったのです。尊氏も本来は自分がなれると思っていただけにショックも大きかったでしょう。

後醍醐が尊氏に護良に征夷大将軍にしたのはなぜでしょうそうでもしないと、護良がおさまらないというのもありますが、尊氏に征夷大将軍まで任命してしまうと幕府を開いてしまうことを後醍醐が警戒したのも理由の一つなのではないかって僕は考えております。後醍醐が尊氏を優遇したというけれど、全面的に尊氏を信頼したわけじゃないのですね。尊氏は強力な軍事基盤を持っている上に征夷大将軍なんて任命すれば、尊氏が幕府を開く危険性も高い。もちろん、後醍醐が尊氏を信頼していた可能性もありますが、いづれにせよ後醍醐新政にとって尊氏を敵に回しちゃいけない存在であるのは確かです。その護良は尊氏と戦おうとしているのです。「困ったやつだ」と後醍醐は思ったのかしれません。

一方、護良が征夷大将軍を望んだのはなぜでしょう?それは分かりません。ただ、これは僕の憶測でしかないのですが、護良は自分は天皇の息子でありながら、皇太子になれず、父のために必死に戦ったのに、父は足利尊氏ばかり重んじる。自分は血みどろの戦闘に身を投じ、本来なら自分が最大の殊勲者シュクンシャであったはず。それなのに自分は何一つ役職についていない。焦りみたいなものもあったのでしょうし、尊氏に負けたくないという感情もあったのかも。また護良というか、朝廷は、独自の軍事力を持っておらず、いたとしても僧兵か、野武士、ごろつきみたいな人間ばかり。これではいざというときに守れません。だからこそ、護良は自分が征夷大将軍になって、全国の武士を自分の管轄下に置きたかったのでしょう。

護良は元弘3年6月、征夷大将軍に任命され意気揚々。護良は軍を引き連れ我が物顔で京の街を歩いたと言います。その護良一行の有様に人々は驚いたと言います。まずか家臣たちが三千人あまりが行進し、その中をさっそうと護良が美しい見事なヨロイを身にまとい立派な馬に乗って歩いているのです。 華やかな行列だったそうですが、一方で物々しく物騒な気配も満ちていました。人々は護美の行進に驚くと同時に「また、戦争になるんじゃないか?」って不安になってきたのです。

存在感をかき消された護良が、ここぞとばかりに力を盛り返し、武威を誇示して足利へ威圧を加えていたのですねこの時護良は「見たか、尊氏、私はお前がなりたかった征夷大将軍になれたぞ」って思っていたのかも。護良にとっては幸せの絶頂。




しかし、護良は幸せの絶頂の後に恐るべき転落人生が待っていました。それは次回にまた。




* 参考文献