平安時代に役所に勤める平安貴族は朝は早く、午前3時遅くとも4時に起床します。朝起きて貴族に最初にすることは、自分の属星の名前を7回唱えます。属星とは陰陽道で定められたもので、北斗七星の7つの星がそれぞれ自分の生まれた年の干支で振り分けられているのです。例えば、ネズミ年(子年)であれば、貧狼星ドンロウセイ、ウシ年(丑年)とイノシシ年(亥年)であれば巨門星キョモンセイという具合に決まっているようです。

自分の星を7回唱えることで、自分の行いの正しさを星に伝えるのです。それが終わると暦で今日の吉凶を決めるのです。もし、運勢が悪ければ仕事にも行かなくて良いのです。そのように災いから逃れることを物忌モノイミと言い、その日は一日家にこもっていいのです。欠勤の正当な理由にもなったのです。現代じゃ考えられませんね。運勢が悪いからと言って会社を休んだら、怒られるくらいじゃすまないですよネw

でも、どうしても仕事に行かなくてはならないこともあります。その場合は覆推フクスイといいまして、もう一度占いをし直すのです。それでちょっとでも良い運勢が出たら、出勤するのです。

仕事に行くとなると、まずは房楊枝で歯を磨き、手と顔を洗います。それから自分が崇拝する神に手を合わせます。例えば八幡様を信仰していれば八幡様を念じるという具合。それから昨日の出来事を日記にしたため、やっと朝食。その朝食もお粥が多かったそうです。貴族でも食事は割と質素なんですね。ちなみに、平安の時代の1日の食事は二食。今みたいに三食食べなかったのですね。それが済んだら髪を洗ったり、沐浴をして体を洗ったりしたそうです。とは言いましても、髪を洗ったり、お風呂に入るのは毎日じゃなかったみたいです。

髪をとかすのはは3日に一度。
爪を切るのは12日に一度。
沐浴は5日に一度。


その沐浴も毎月、1日と18日は入ってはいけないのです。1日にお風呂に入ると寿命が縮み、18日に入ると盗賊に入られると言われていたのです。長生きしたい人は毎月1日はお風呂に入らない方がいいですよw?なんてネw

しかし、毎日お風呂に入らないのは不潔だし、体臭が出そう。特に夏はきついものがありますね。それで、お風呂に入れない時は、お香を炊いたのです。きている着物に、お香の匂いをつけたのですね。

それからやっと着替え。


そして5時半くらいに役人は内裏に出勤するのです。貴族の収入は官職が高ければ上がっていきます。例えば、貴族の最高位である太政官の大臣クラスだと現在の価値で年収2億円もの収入(※1)があったというから驚きです。

さて、役人の仕事は部署や仕事の量によってまちまちで、夕方まで勤務したり、宿直とのいという冶金の仕事もありますが、基本的に1日の勤務は午前中の4時間で終わるそうです。現代の感覚からすれば羨ましいですね。

勤めを終えると、その後は遊びの時間。けまりをしたり、競射キョウシャ(※2)や囲碁、将棋、楽器を奏でたり、和歌を詠んだりしていたそうです。なんとも優雅で羨ましい話です。
しかし、これらの遊びも実は自分を磨くためのものだったので、単なる遊びではないのです。当時の貴族たちは漢詩、和歌、楽器の演奏を公的な行事などで披露されることがありました。そのため、日頃から、そういう教養を身につけ、自分を磨く必要があったのです。特に和歌は出世をするために必要なものでした。今に例えれば、接待のためにマージャンやゴルフを覚えたり、ヒトカラで上司が喜びそうな懐メロを練習をするようなものです。


また貴族の家には池があって、その池に舟を浮かべていたそうです。春は桜を見て、月の出ている夜は月見をしていたとのこと。なんとも優雅ですね。

一方の庶民は大変でした。貧しいアバラ長屋に住んでいたと言います。それで租庸調という今でいう税金を納めなくてはならないから大変だったのです。

※1 当時の貴族の収入はお金ではなく、主に年貢や作物、布など。
※2 射撃(弓)で勝者を競う。