1 最近、「忠臣蔵」をやらなくなった理由
 最近、「忠臣蔵チュウシングラ」のドラマ化されませんね。僕が学生この頃は毎年、12月になると「忠臣蔵」のドラマをどこかしらで放送していたのですね。それが最近はパタリ。最近、映画で「決算忠臣蔵」をやったのですが、それくらいですかね。でも、CSの時代劇チャンネルとかをみていると「忠臣蔵」のドラマ(再放送)や映画をやっております。テレビではともかく歌舞伎カブキでは「仮名手本忠臣蔵カナデホンチュウシングラ」という題で、今でも上演しております。ただコロナ禍で、なかなか上演が厳しい状況みたいですが。ともあれ、今も「忠臣蔵」は人気があります。毎年、12月15日に泉岳寺に行くと、参拝客がいっぱいで、おハカにささげる線香センコウけむりがすごくて、目が痛くなるくらい。

それにしても、「忠臣蔵」のドラマをやらなくなったのはなぜでしょう?理由がネットに載っていて、謎が全て解けました。


その理由はとてもシンプル。お金がかかるから。

セットもお金がかかるし、とにかく人数が必要ですからね。あの広い吉良邸キラテイのセットを作るだけでも、お金がかかりそうですし。吉良邸だけでなく、松の廊下とかのセットとか、大石内蔵助オオシクラノスケが遊んだ祇園ギオン遊郭ユウカク、それから東下りで内蔵助が 瑤泉院 ヨウゼンインの屋敷も必要ですしね。戦国時代なら、見せ場が合戦なので屋外が多いですが、「忠臣蔵」の見せ場は屋内が多いです。

また出演者もやたら多いのも「忠臣蔵」です。四十七士もそうですが、浅野内匠頭アサノタクミノカミ、瑤泉院ほか赤穂方アコウガタ、徳川綱吉や柳沢吉保ヤナギサワヨシヤスら幕府側、吉良方、上杉方などたくさん出てきます。キャストの数も多くなるのも「忠臣蔵」の特徴です。俳優さんをたくさん集めるのですから、それなりの政治力も必要です。特にこれまでの「忠臣蔵」のドラマのキャスティングを見ても、本当に豪華キャストですからね。例えば、これまで大石内蔵助役を演じたのは、松本幸四郎さんとか、松平健さんとか、仲代達矢さんとか、この間お亡くなりになられた中村吉右衛門さんとか、そうそうたるメンバー。脇を固める俳優さんもこれまた豪華。ギャラも相当でしょう。

それでなくても時代劇はお金がかかるのに、「忠臣蔵」はとりわけかかるそうです。「忠臣蔵」のドラマを作ること自体が一つのプロジェクトですね。かつては「忠臣蔵」のドラマを作ることがテレビ局のステータスみたいなものでした。それが、テレビ局も今はあんまり予算がないから、作りたくても作れないのですね。


2 愛国心が薄れたからではない

 よく、ネットでは「最近の日本人は愛国心を失ったから『忠臣蔵』が作れなくなった」とか「義理人情や忠義心が薄れたことの象徴だ」なんてコメントも見かけますが、とんでもない間違いです。

そりゃ確かに戦後間もない頃は、「忠臣蔵」の歌舞伎の上演やテレビがGHQから禁じられたことがありました。当時、軍国主義に関する本や芝居などが弾圧されたのですが、特に「忠臣蔵」は、その浪士たちの忠義心が非常に危険視されたのですね。軍国主義につながると。しかし、「忠臣蔵」の人気は高く「忠臣蔵」をみたいという意見も少なくなかったのです。そして、昭和22年(1947年)7月その禁は解かれ、同年11月には空襲の難を逃れていた東京劇場で『仮名手本忠臣蔵』は上演されました。

最も、GHQの肩を持つわけじゃないが、忠義心も一歩間違えると危険な面もあるのですね。主君が英明で常に正しい判断ができるなら良いが、暗君に忠誠を尽くすにはかえって武士道に反する。本来の忠誠心は、盲目的モウモクテキに主君に従うことではないと思います。

実際に、討ち入りだの忠誠心だのを手放しでマンセーするのは危険じゃないかって意見は江戸時代にもあったようですね。明治の頃、この事件を検証しようという動きがあったそうです。しかし、赤穂浪士を手放しでほめ、逆に「赤穂浪士の悪口を言う奴を許さない!」って空気が強かったのですね。実際、明治政府は徳川幕府は悪い政権と全否定して、ある意味徳川幕府に逆らった赤穂浪士を手放しにマンセーしたと言いますし。

戦時中は、軍部当局でも、赤穂浪士の仇討ちは一封建的領主に対する忠義すなわち「小義」であり、日本古来の皇室に対する忠義である「大義」とは異なるものなので、これを推奨スイショウするのは好ましくないという意見が出てきて、国定歴史教科書でも赤穂事件の記述は縮小されたそうですが。おそらく、昭和に入って、5・15事件とかの2・26事件とかクーデーターが起こったり、要人が暗殺される事件が度々起こったので、その反動かもしれない。

3 上杉家の子孫たちの思い
 いづれにせよ、赤穂浪士の検証もまともにできないまま、吉良の子孫たちも、後ろ指を刺されながらも耐えに耐えてきたそうです。

え?吉良に子孫がいるの?って意見が聞こえそうですが、もちろんいらっしゃいます。吉良家は確かに断絶しましたが、吉良上野介の息子が上杉家に養子に入った上杉憲綱ウエスギノリツナ。「忠臣蔵」では、討ち入りの際、父を助けようと武器を取るのですが、それを家老の色部に止められてしまいます。と言っても、その辺のお話はあくまで物語。史実は違います。上杉家には討ち入り直後の報告文書が残っており、それによれば「殿はお顔色も変えず『そうか』とおっしゃるのみだった」とあるようですが。

ちなみに、名君で有名な上杉鷹山も吉良の血が入っているのですね。そして現在の上杉家の当主が、宇宙工学者で「はやぶさ」のプロジェクトでも指揮をとられた上杉邦憲博士。上杉さんは、「忠臣蔵」では吉良上野介が一方的に悪者になっていることに疑問を抱かれておりまして、ご専門の宇宙のお話だけでなく、吉良にまつわる講演もたびたびされております。邦憲さんは討ち入りを「テロそのもの」と断じております。赤穂浪士は完全武装しているが、吉良はほとんど丸腰、しかも浪士が吉良邸を襲ったのは夜中というので。

もちろん、当時の価値観と今の価値観は違うので、現代の価値観でもって、赤穂浪士をテロ集団だと断じるのも難しい側面もあります。昔は喧嘩両成敗ケンカリョウセイバイで、吉良にも原因があると。切った方も悪いが、切られた側にも原因があるという考え方でしょう。

いづれにせよ、吉良義周キラヨシチカ処遇しょぐうはひどいなと。義周は、罪人として、鳥かごに入れられて信州に運ばれたのです。当時17歳で、病気になって20歳で亡くなったのですから。何も悪いことをしていないのに、かわいそうだなって。

ちょっと前までは、赤穂浪士に肩入れする意見が根強く吉良の方が一方的に悪者でした。それが最近は風向きが変わり、むしろ浅野の方にも落ち度があるという意見も出てきております。時代は本当に変わったなあって。「忠臣蔵」をやりづらくなったのは、予算が最大の理由だが、吉良側のいい分が認められるようになったこともあると思う。僕はどちらかというと赤穂浪士派なのですが、一度、吉良や上杉家の立場から描いた映画やドラマを作るのも良いのではないかって思います。