戦艦大和は海軍工廠カイグンコウショウ(※1)で建造されました。大和の建造は国家機密とされました。大和の主砲の大きさは46センチでしたが、建造の際は、あえて40センチ砲と名付けられ、作業員にも事実を知られなかったそうです。さらに呉の軍港近くを走る線路には、およそ900メートルにも及ぶ目隠し壁を設置。

作業現場でも、その秘密保持は厳しいものでした。作業員には管理番号と顔つきの身分証明証が渡され、作業場に入る際チェックされたのです。元作業員だった人は、「図面には管理台帳があり、借り出す際にはチェックされる。外に持ち出すことなどもちろんできない。仕事の内容は、家族に話すことも禁じられた」と。

現在、大和の図面が現存されており、電気の配線図面を含めると二百枚以上になるといいます。

一つの図面を描くのに、幾つもの関連図がセットになっていたそうです。例えば壁の図面を描くのなら、デッキの図面も外鈑ガイハンの図面も必要だし、デッキの上や下の図面も関連だから必要になる。多い場合は、3〜4つほど。図面番というのが1人いて、後ろにダイヤル付きの金庫があり、その金庫に図面が保管されております。毎朝、図面番から関連図を、仕事をやるために借りて、今日の仕事が終わったら、図面番に関連図を返すということを繰り返したそうです。関連図の流出を恐れたのですね。


このように戦艦大和建造の全体像も、海軍工廠で働いている現場の行員ですら見えないようにしたそうです。図面を描いた人でさえ、大和に近づくことができず、行員たちは「与えられたことを淡々とこなしていた。日本海軍のプロジェクトに参加していたことに気づいたのは、戦後になってから」というくらい。行員どころか、海軍省のお偉いさんが、鎮守府に行く用事があって、ついでに大和の建造を見に行こうと言ってみたら、守衛に、許可書がない人は、たとえ閣下でも中に入ることは許されないというほど、徹底されたのです。

海軍工廠カイグンコウショウではの技師Aが機密漏洩キミツロウエイの疑いで捕まったことがあるのです。大和の注排水用のバルブを業者に注文したのですが、かつてない大型のバルブで、しかも納期が迫っている。困惑する業者は何に使うのか説明を求めたのです。すると、その技師Aと業者とは旧知の仲だったので、つい技師Aはしゃべったのです。それで技師Aは逮捕されたのです。


大蔵省への予算要求にさえ、それが表れておりました。正規の予算を要求したら、前代未聞の軍艦を建造していることが推測されてします。このため3万5000トンクラスの戦艦と駆逐艦クチクカン3セキ潜水艦センスイカン1隻を作るから予算をよこせと海軍は行ったようですね。国会ですら、大和の存在は知らされていない状況だったようです。

1987年12月23日に、翌年の1988年度の政府予算大蔵原案の説明会の席上に、当時の大蔵省の田谷広明主計官が、「昭和の3大バカ査定と呼ばれるものがある。それは戦艦大和・武蔵、伊勢湾干拓、青函トンネルだ」と。そして「航空機時代が到来しているのに、大艦隊巨艦主義で大和、武蔵を作った」ともいったとか。大和型の戦艦の製造費は、1億3780万2000円ほど。これは現在の価値に直すと約4000億円!東京スカイツリーの建設費でさえ650億円です。これはすごいことです。しかも大和一隻だけでなく、同じくらいの大きさの武蔵という戦艦も作ったのですから、これは大変な額です。当然、当時の大蔵省がOKなんてするはずがありません。この2隻の予算要求に大蔵省査定において、海軍は「ごまかし」をしたのですね。駆逐艦3隻、潜水艦1隻の予算を架空計上、大和型戦艦の建造費も過小に見積もったのですね。これは予算額から実際の大きさを推察されるのを避けるためだったのです。なんと、味方まで騙すのだから。戦後になって大蔵省の幹部がそのような発言をしたくなるのも、なるほどなあって。


それにしても、なぜ、そこまで隠す必要があるのか?

それは世界最強の船を日本が造っているということを知られたくないから。ことに仮想敵国のアメリカに知られたら大変です。アメリカが同レベルの戦艦建造に着手する可能性がある。そういうこともあって戦艦大和の建造をひた隠ししたのです。

※1 海軍工廠は日本海軍の艦艇・兵器の製造・修理、艤装・兵器の保管・供給、艦営需品の調達・供給、軍器用の製鋼などを担った工場の総称。



* 参考にしたもの
徹底図解 戦艦大和のしくみ (徹底図解シリーズ)
市ヶ谷ハジメ
新星出版社
2012-07-19














また、この記事は、BS・TBSの「THE 歴史列伝」やNHK のDVD「巨大戦艦 大和 〜乗組員たちが見つめた生と死〜」を参考にして書きました。