戦艦大和の乗組員たちが初めてアメリカ軍の攻撃にさらされたのは、昭和18年(1943)12月25日。まさにクリスマスの日でした。

大和は、この年の12月12日、トラック諸島を後にして横須賀に向かって、20日に横須賀を離れ、トラック諸島に向かっていました。そして運命の25日、トラック諸島に向かう最中にアメリカの潜水艦が、大和を襲ったのです。夜明け前だったので、あたりはまだ暗く、大和も潜水艦の存在に気づいていなかったのです。およそ2万5000メートル離れた地点からレーダーで大和を感知。それから2000メートルの距離から魚雷を四本発射し、そのうちの一本が大和に命中。

寝静まっていた多く乗組員たちは、突然の衝撃と大音響に飛び起きたのです。艦内は大混乱。

上官は「大丈夫。艦は沈みはしないから」とパニクった乗組員たちを、なだめていたのです。

この魚雷は大和の艦の後方、右舷に命中したのです。自動車一台分が入るほどの大きさの穴が開きました。そこから海水がザブザブ入ってきます。それで大和は右舷側におよそ四度傾斜したが、それが大和海水注入システムが働き、左舷にも海水が入り復元したのです。それ以上に大きな被害もなく、大和はその日の午後、悠々とトラック泊地に到着したのです。

大和はこの攻撃で受けた被害を修理するため、翌年の1944年1月10日、再び内地に戻ります。内地で大和の修理をした工員たちは驚いたそうです。自動車が一台入るくらいの大穴なのに、よく沈まずにトラック諸島から日本に戻ってこれたなって。トラック諸島から日本には3000キロ以上離れています。現代でも飛行機で乗り継いで5時間かかるようなところです。普通の船だったら途中で沈んでしまいますね。そう考えるとすごいです。

この一件は、大和の乗組員たちに一種の安心を与えました。

「魚雷を一発受けても、ビクともしないとは、やっぱり大和はすごいね」という意見もあれば、「よくもアメ公のやつ、やりやがったな!次は見てろよ」って意見も。




* 参考にしたもの
徹底図解 戦艦大和のしくみ (徹底図解シリーズ)
市ヶ谷ハジメ
新星出版社
2012-07-19














また、この記事は、BS・TBSの「THE 歴史列伝」やNHK のDVD「巨大戦艦 大和 〜乗組員たちが見つめた生と死〜」を参考にして書きました。