1993年6月、ユナボマーは大手新聞社に声明を発表、「近いうちに目的を伝える」と。そして1995年の6月28日、ニューヨク・タイムズ本社にユナボマーから分厚い封筒フウトウが届きます。なんと56ページにわたる文書が入っていたのです。そこには、自分の要求を受け入れたら爆弾をしかけるのをやめると書いてあったのです。その要求とは自分の書いた文章を新聞に掲載ケイサイしろというもの。FBIもこれを掲載ケイサイさせるかどうか悩みました。簡単に犯人の要求をのめば、相手はますますつけあがるのではないかって。しかし、FBIは最終的には彼の言い分を受け入れると判断。

1995年9月19日、ワシントン・ポスト紙に声明文が掲載。その声明文が掲載された新聞はあっという間に完売。それだけ人々の関心が高かったのですね。その声明文のタイトルは「産業社会とその未来」。産業革命から始まる文明や科学の発展は人々を不幸にさせ、自然を破壊すると。そして科学技術が発展したために、人類は自由がなくなり、社会の歯車ハグルマのような生活が強いられたと。これ以上人々を苦しめたり、自然を破壊しないためにも、自分は最先端技術を攻撃するというのです。

実際、ユナボマーは1970年代は航空関連をターゲットにしていたのが、80年代になるとコンピューター関連の研究をしている大学や、お店などをターゲットにしたのですね。アメリカでは、1970年代は航空機に代表される重化学工業が主力で、最先端でしたが、1980年代のアメリカは、コンピューターが最先端の科学技術でした。コンピューターに使う半導体や電子部分も急速に発展していったのです。90年代になると遺伝子工学が最先端となって行きます。

確かに、産業社会の発展が必ずしも人類を幸せにするものとは限らないし、それが自然の破壊をもたらしたことは事実。産業社会の発展が、人間を社会の歯車をさせている面は僕も女工さんのお話などを通して、このブログでも度々ふれました。こうした産業社会の危険性は、ユナボバーのオリジナルではありません。古くは産業革命から言われていたのですね。ユナボマーはのちに逮捕タイホされますが、ユナボマーを収監シュウカンした刑務所の係員が、ユナボマーのやったことは悪いが言いたいことは共感できると思ったそうです。さらに、犯行声明を読んだ幾人イクニンかが、ユナボバーを大統領に!と言い出したのですね。

とはいえ、主張や思想がどんなにすばらしくても、その思想が世間に受け入れられるような手段や方法でなければ全く意味がないし、ましてや人を殺すなんてとんでもない話です。

FBIはこの犯行声明をもとにさらに人物像を割り出し、情報提供も呼びかけたのです。すると有力な情報が得られたのです。その情報提供者はデヴィッド・カジンスキーという人物。デヴィッドの兄は変わり者で、モンタナ州の人里離れた山里の小屋に1人で20年間くらい暮らしていると。電気も水道もない自給自足ジキュウジソクの生活。まさに産業社会とは無縁の生活。また、犯行声明と以前に兄がかいた論文と内容とかよく似ているので、もしやというのです。

そして1996年4月3日早朝、この小屋の主人は逮捕。デヴィッドの兄こそユナボマーだったのです。名前は、セアドア・カジンスキー。彼の小屋から爆弾の原料やら、犯行文を打ったタイプライターも見つかりました。ユナボマーことセアドア・カジンスキーの終身刑シュウシンケイが決定。今もセアドア・カジンスキーは刑務所の中にいます。


それにしても、ユナボマーことセアドア・カジンスキーはなぜ、これほど悪いことをするようになったのでしょう。次回は彼の生い立ちを通して、そのへんを見ていきます。