今日は、ユナボマーことセアドア・カジンスキーの生い立ちを見て行きます。生い立ちを通して、彼が犯行におよんだ過程カテイを見ていこうと。

セアドアは幼い頃から社会に適合テキゴウできないことに苦しんでいたのです。父親は彼が幼い時に突然自殺。つらかったろうな・・・セアドアは友達とも軽い雑談ザツダンもできず、小難こむずかしい話ばかりしていたと。クラスメイトがつけたあだ名は「歩く脳みそ」。

おそらく知能も高く、勉強ばかりしていた分、同年代の友達と遊んだり触れ合うこともしなかったのかと。勉強ばかりといえば、のび太のママは、すぐ「勉強しろ」とうるさい。一昔前の日本の団塊ダンカイママもそういう教育ママが多かった。でも、勉強も大事かもしれないが、友達と遊ぶことを通してコミニュケーションを学ぶことはとても大事なんですよ?のび太はドラえもんや仲間たちのふれあいを通して勉強よりもっと大事なものを学んだと思う。


そしてセアドアは16歳で名門ハーバード大学を飛び級入学。数学を専攻センコウしたのです。が、飛び級入学したがゆえに周りは年上ばかりで、いじめさえ受けたと言います。彼の孤独コドクは深まるばかり。そんなセアドアも、20代の若さでカルフォルニア大学の助教授に就任シュウニンしたのです。IQも167もあって、論文の内容もすばらしく、将来を嘱望ショクボウされたのです。しかし、セアドアは生徒から嫌われ、結局大学を2年で退職。


なんか頭が良いこと以外は僕とセアドアは似ているな・・僕も子供のころは、暗くて、友達もいなくて、テレビゲームが遊び相手。スポーツや歌が苦手で、野球やカラオケにさそわれても断ってばかりいた。しかもどもりがひどくて、自分の思うことがなかなか話せない。だから友達なんてできっこないですよね。そんな調子だから、大人になっても、まともな人間関係を築けず苦労しましたもの。人間関係ってわずらわしいかもしれないが、人間に生まれてきた以上は、人間とうまくやっていくしかないのだろうなって。今でこそ僕は、カラオケが好きで、誘われたら二つ返事で行くようになりましたが、横のつながりって大事なんだなって、この歳になってやっと気づきましたよ。せめて20代の時に気づいていれば、今頃オレはなんて時々考えてしまいます。

おっと、電線じゃなかったw脱線してしまいましたね、失礼。話をセアドアに戻しますwそうして世の中がイヤになった彼は、自然を求めて、モンタナの山里に小屋をたて一人暮らしを始めたのです。山小屋で一人静かに暮らしていたセオドアですが、その小屋の周囲の原野は不動産開発と工業化によって破壊ハカイされ、彼の怒りは頂点に達したと。静かな生活が壊されたことに怒りを覚えたのでしょう。

彼を犯行に駆り立てたのは、みじめな自分への苛立いらだちも理由の一つと考えられます。コンプレックスですね。彼が最初の犯行で大学教授をターゲットにしたのは、自分と同じ大学教授でありながら、成功して幸せな人生を送っている人物が気に入らなかったのでしょう。嫉妬シットですね。そして、彼は一人でなやみ、苦しんだ挙句あげくに、俺がこんなになったのは社会が悪いと思うようになったのかなあ・・・

良い方向へ持っていけば、セアドア・カジンスキーはすばらしい学者になれたかもしれないのに残念だなって。

それにしても、セアドアを理解してくれる人が周りにいなかったのかと、僕は考えてしまいます。例え一人でも理解者が周りにいるとだいぶ違うと僕は思います。ノーベル賞を受賞したジョン・ナッシュ博士も数学学者で、ひどい変わり者で人付き合いが苦手。だから世間からうとまれていたのです。が、そんな彼を献身的ケンシンテキに支えたのが妻でした。映画『ビューティフル・マインド』でも、そんな二人の夫婦愛が描かれております。ジョン・ナッシュ博士の奥様のような人が、セアドア・カジンスキーのそばにいたら、セアドアはユナボマーにならなかったかもしれない。

野村克也さんが「人間は『人の間』と書く」とおっしゃる通り、人は決して1人では生きられないんだなって。また、藤子不二雄A先生も、人は人間と交わることで成長するとおっしゃってました。本当にその通りだなって。ユナボマーという犯罪者のことを通して、僕も色々学ばせてもらいました。


ビューティフル・マインド(吹替版)
ヴィヴィエン カーダン
2017-07-01




※この記事は「ダークサイドミステリー」を参考にして書きました。