http://ehatov1896rekishi.diary.to/archives/2535570.html((前編)

前回の続きです。今日もよろしくお願いします。

二人のことがマスコミに取り上げられるようになります。と言っても地方紙ですが。クライドたちのことを知る人も出てきます。例えは悪いけれど、クライドたちはローカルタレントもしくは、知る人ぞ知るYouTuberになったようなものです。それで、彼らに協力する人間まで現れるようになったのです。隠れ家を提供したり、知り合いの家に泊めてあげたり、警察が来たぞってこっそりクライドたちに教えてあげたり。もちろん、クライドが悪いヤツらとは知らないで泊めた人もいたでしょう。それどころか、クライドに憧れ、クライドギャング団に志願するものまで現れたのです。

なぜ、クライドギャング団に協力する人間が現れたのでしょうか、謎ですね。実は4年前の1929年10月、ニューヨークのウォール街で株が大暴落。いわゆる暗黒の木曜日。この日から世界恐慌が起こり、第二次世界大戦の引き金にもなったのです。アメリカ全土が不況になり、失業者も増え、農民も貧しさに苦しんでいたのです。抗議のデモを行えば警察は理不尽に取り締まる。政府の無策さと、警察の理不尽さに人々は不満を持っていたのです。そんな時だからこそ、誰かが行動し、政府や警察に反抗してほしいと言う欲望が大衆にあったんですね。そこに現れたのがクライドギャング団ってわけです。

クライドギャング団はお金というよりも自由を求めていたのですね。そんな彼らの姿に庶民は顔をしかめる一方で、喝采を送ったものもいたのです。また、冷酷さを持っていたり、ものすごくジコチューだったり、そういう毒性の強い人物は一見すると優秀なリーダーに見えることもあるそうです。

特に先の見えないような暮らしをしていると、そういった自己チューな人間が、自分を困難から救ってくれる救世主のように思うこともあると、「ダークサイドミステリー」の番組内で心理学者の先生がおっしゃっていた。だからかァ、不況にあえいでいたドイツがヒトラーを英雄視したのは。またカルト教団にはまる人がいるのも、そうした心理でしょう。


ボニー&クライドのマスコミで取り上げられるようになりましたが、全米での知名度はまだまだ。彼らの知名度が上がったのはこの写真がニューヨークのタフロイド紙に掲載されてから。↓

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ボニーの写真を各地の新聞が掲載、そしてアメリカ全土に広まったのです。まさに知る人ぞ知る存在から、有名YouTuberや大物芸能人になったようなものです。葉巻を吸い、銃を持ったボニーの姿はとても印象的。なにしろ当時のアメリカでは銃も葉巻も男性のイメージですから。というか、今でもタバコを吸う女性は珍しくありませんが、葉巻を吸う女性は見たことがない。本当に衝撃的ですね。まさにジェンダフリー。当時の女性たちにとって、ボニーは憧れの存在になったのですね。その一方で、ボニーを快く思わない意見も少なくなかったのです。芸能人にせよYouTuberにせよ、有名になればなるほど、ファンも増える一方で、やっかんだり、アンチも増えてくる。有名になるのは諸刃の剣なんですね。有名になればよいことも悪い事もどんどん世間に知られるようになるし。ましてや二人は凶悪な犯罪者ですからね。

顔も世間に広く知られるようになったことで、通報されたり、食料を買ったり、宿を取ることも以前より難しくなったのです。だから、ボニーは何日もシャワーを浴びられないってこぼしたことも。野宿をしたり、車の中で過ごしたり、寝れない日々もあったようです。運よく宿を取ることができても、警察に見つかってしまう。ボニーとクライドはアメリカ各地を逃げ回っていたのです。その間に仲間が殺されたり、逃げられたり、次第にボニーとクライドは追い詰められていきます。


そんななか、ボニーはこぼします。「ママに会いたい・・・」

郊外でボニーは母と再会。変わり果てた娘の姿に母は涙をしたと言います。体もやせ、体中傷だらけ、顔も以前より老けた感じになって。母は娘に自首するように勧めましたが、ボニーは「彼を愛している」と言い、母の言いつけを拒否。

そして、ボニーとクライドは、1934年5月23日ルイジアナ州を車で走っていたところ、警察に銃殺されてしまうのです。それも車ごと滅多撃ち。その車体にはたくさんのハチの巣をつついたような無数の銃弾の跡と、二人の死体が転がったのです。二人の遺体が車ごと街に運ばれた時、遺体に人々が群がったのです。髪や服を切り取ったり、クライドの指まで持ち去ろうとした者もいたと言います。二人の葬儀には多くの参列者が集まったと言います。

さて、ボニーがなくなる直前にいった言葉。

「彼らは自分たちが賢いとも絶望的とも思わない。法が常に勝つことを知っていた。いつか二人は共に倒れ並んで葬られる。一握りのものには悲しみ。法律にとっては安堵。それがボニーとクライドにとっての死」と。

ボニーはクライドと並んで葬られたかったようですが、ボニーの母はそれを拒否。二人は離れ離れに葬られたのです。

それにしても、ボニーはなぜここまでクライドに惚れこみ犯罪を犯したのでしょう。クライドは絶対に女を幸せにするタイプでなく、実際クライドと会ってから危ない目にあってばかりで、いいことなんてひとつもないのに。クライドの性格もとても危険で、追ってきた警官を銃殺したあと、心臓に9発も銃を打ち込むような残忍な男なのに。

実はボニーが生前日記に「毎日、同じことの繰り返し。何か刺激的なことが起きないかな」って書いていたのですね。彼女は心理学的に言うと刺激希求性があって、刺激を求める性質が高かったようです。そんなボニーの要求を答えてくれたのがクライドだったのですね。ましてや、この時代は男尊女卑の風潮が強く、女性が抑えられていたのですね。だから、なおさら自分も一旗あげたいみたいな感情があったのかもしれない。