history日誌

歴史と歌が大好きな私が日本史から世界史まで広く浅く書きます。 歴史の知識は素人レベルで、私が語る歴史の内容が真実かどうかは自信はありませんがw、楽しんでブログを書いていきます。教科書に載ってないようなマイナーな歴史の話もします。

カテゴリ:日本の歴史 近現代 > 日本の歴史(戦後)


(大地震の後のお部屋の様子を再現した展示物)

(大地震の後のブロック塀の様子を再現した展示物)

(同じく壊れたブロック塀の様子を再現した展示物)

東京都北区の滝野川公園に東京都北区防災センター(地震の科学館とも)があります。この中は地震を知るうえでいろいろと参考になる展示物がいろいろあります。その中でも目を引いたのは、入り口から入るとすぐ目に入る展示物です。

この展示物は大震災のあとにスッチャカメッチャカになった部屋の様子が再現されているのです。これをみると益々地震の恐ろしさを考えさせれます。

吉原のはじまりは江戸時代の初期にさかのぼります。慶長16年(1611年)、庄司甚内という人物が江戸のあちこちにあった売春宿を一か所に集めましょうと幕府に願い出たのがはじまりとされています。

幕府はいまの日本橋堀留町あたりに建設をすることを許可しました。(当時の日本橋堀留町あたりは湿地帯だった)

だが、営業は昼間のみという条件で。

これが江戸で最初の(幕府の)公認遊郭です。

逆に吉原の終わりは、昭和に入ってからです。調べによりますと、昭和31年(1956年)5月21日に売春防止法が可決成立し、昭和32年(1957年)4月1日に施行されると、吉原遊廓はその歴史に幕を下ろしたといわれております。

また、大正時代の関東大震災には吉原の遊女たちが大勢亡くなったそうです。関東大震災で火災が発生し、吉原は炎に包まれたといいます。昔吉原には弁天池という池があったのですが、その池に飛び込んで亡くなった遊女も490人ほどいたといわれております。吉原の大門が閉ざされたため(遊女が吉原から逃げるのを防ぐため)、炎に追われ逃げ場を失った遊女たちが池に飛び込んだのですね・・・


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(いづれも震災の犠牲になった遊女さんたちの霊をなぐさめるための観音様)

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(遊女さんたちの写真)


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(弁天池。昔はもっと大きかったらしい)


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(震災の様子)

となりのトトロ [DVD]
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
2001-09-28




宮崎駿(みやざきはやお)さんのアニメ映画『となりのトトロ』は、以前にとりあげた狭山事件さやまじけんが裏設計になっているという都市伝説があります。

温かい家族や友達との交流を描いた「となりのトトロ」と関係者が次々と亡くなった恐ろしい「狭山事件」がどう結びつくのかよくわかりませんが、少なくとも宮崎さんは狭山事件がトトロの裏設計だとはおっしゃっておりません。逆に宮崎さんがなぜ「狭山事件」を「トトロ」の裏設計にしたのか?そんな疑問さえわいてきます。宮崎さんが左翼だから狭山事件には思い入れがあるのだというのが都市伝説信者の主張です。

それで、僕は宮崎さんはどんな思いで「トトロ」を作ったのか、本当に「狭山事件」とかかわっているのか知りたくて、こちらの本を図書館で借りてきました。

出発点―1979~1996
宮崎 駿
スタジオジブリ
1996-08



この本にかいてあることで、僕がいくつか気になった点をいくつか箇条書きしてみます。



  • 狭山事件が起こったのは昭和38年だが、トトロの舞台が昭和30年代というのはウソでテレビがまだない時代だった。


  • トトロの舞台は、いろいろなところから取っている。聖蹟桜ヶ丘だとか、自分が子供のころ見て育った神田川の流域だとか、今住んでいる所沢の風景だとか、みんな混じっている。さらに美術の人に秋田出身の人もいて秋田の風景も混じっている。要するに具体的な場所は決めていない。


  • サツキとメイが引っ越してきた家というのは、結核患者を療養させるために作った別荘だったが、その患者が亡くなったので空いてしまったという裏設計がある。


  • 宮崎さんはあの時代が懐かしいからではなく、子供たちが「トトロ」を通して、ふと草むらをかけたり、ドングリを拾ってくれないかと願っている。


  • 主人公を女の子二人にしたのは、宮崎さん自身が男だから。ちなみに宮崎さんは自分の子ども時代のことをあまりオーバーラップするような作品を基本的にはつくりたくない。


  • エンディングに出てくる止めの絵にはトトロとさつき、メイが遊んでいる絵がない。それは宮崎さんが意図的にトトロとさつきが一緒にいる絵を外した。そこにとどまっているとあの子たちは人間界に戻れなくなるからと。あれからは全然トトロに合わなくてもよいと宮崎さんは考えていた。




まとめてみますと、何もトトロの作品は昭和30年代の埼玉県を描いたわけじゃないということと、子どもたちが自然と触れ合うことの大切さを説いたのだということがわかります。

それから僕も本を全部読んだわけじゃないのですが、「狭山事件」と「トトロ」がリンクするような記述は見られませんでした。

そもそも宮崎さんが子供たちに見てもらいたい作品になぜわざわざ、関係者はおろか事件を調べているジャーナリストも殺されるような事件、もっといえば被害者が強姦されたあげくに殺されるような事件を裏設計にするのでしょうか?その点の疑問が僕には残ります。

子どもたちに狭山事件を知ってもらいたいから?。う〜ん、狭山事件は知らないほうが幸せのような気がしますけれど。


たしかに「トトロ」と「狭山事件」を結びつける説はいろいろあります。しかし、どれもこじつけ話が多く、根拠としては弱いように思えます。たとえば、このアニメの作中に「狭山茶さやまちゃ」のはこがでてくる、だからこのトトロは狭山事件と関連があるという意見もありますが、これはもう笑うしかありませんwww

僕は埼玉県に住んでいないけれど狭山茶を飲むこともあります。そもそも狭山市の名前の由来は「狭山茶」からとられたものです。なにしろ狭山茶は日本三大茶の一つで、そのはじまりは鎌倉時代だと言われております。狭山事件と狭山茶を結びつけるのは強引な気がします。






そして、狭山フリークと呼ばれる人たちは関連性を否定しております。




(都市伝説のウソを実証する動画)


※ おまけ
今日は『となりのトトロ』から「さんぽ」。




※参考サイト


http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n17882
(トトロが狭山事件と関係がないということを教えてくれるサイト)

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